トヨタ系「スパイ容疑」事件、無罪確定が示す教訓 愛知製鋼の無茶な「元社員告訴」はなぜ起きた?
一方、本蔵氏らは「MIセンサではなく、後にGSRセンサにつながる開発のアイデアを説明していただけ」と主張していた。「MI」と「GSR」の違いについて、本蔵氏は「自動車と飛行機ぐらいの違いはある。ただ、それを同じ『乗り物』と見れば一緒だということもできる」と苦笑いする。
両者の主張が対立する中、5年の審理を経て出された判決は、本蔵氏らの行為が「愛知製鋼の営業秘密を開示したとは言えない」というものだった。判決では、ホワイトボードの内容が「愛知製鋼の(MIセンサ製造)工程と大きく異なる部分がある」としたうえで、ワイヤーを張ったり切ったりするなど「抽象化、一般化されすぎて」「ありふれた方法を選択して単に組み合わせたもの」だと判断された。
営業秘密として満たすべき「秘密管理性、有用性、非公知性」の3要件のうち、一般的に知られていないとする「非公知性」を満たさないため、営業秘密には該当しないというロジックだ。
愛知製鋼はこうした判決に対し、「一審判決および検察の(控訴断念の)判断を厳粛に受け止める」としたうえで、「企業の知的財産とは多くの人のノウハウ、知見、経験を長年積み重ね、組み合わせて構成されているもの。日本の製造業の強みである擦り合わせ技術そのものであり、一見何気ないノウハウや仕組みも先達から受け継ぎ、磨き上げた価値ある財産であることは理解をいただきたい」とコメントし、悔しさをにじませる。
指摘された情報管理の甘さ
判決からは、こうした愛知製鋼の主張に対する一定の理解がうかがえる。企業が保有する営業秘密の重要性は高まっており、経済活動や国際競争上の観点から刑事的保護の必要性もある、としているからだ。一方で、愛知製鋼の情報管理体制の不十分さも指摘した。同社のMIセンサ事業では、国の補助金を受けて開発した製造装置のノウハウを国へ報告する際、秘密事項が含まれると文書に表示していなかったり、装置メーカーとの秘密保持契約の期間延長をしていなかったりした。
それにもかかわらず「一般化された情報までを自社の営業秘密として保護を受けようとするのは、いささか都合が良すぎる」として、同社の刑事告訴を受けた捜査当局による起訴は「無理があった」とまで言い切っている。
なぜここまでの「無理」が通ってしまったのか。
背景にあるのが、本蔵氏と会社上層部との路線対立だ。MIセンサをスマートフォンなどに供給しながら、愛知製鋼社内で性能を高めようとした本蔵氏に対し、上層部はスマートフォン向けの量産工場建設に難色を示すばかりか、センサーの生産、販売を外部の半導体メーカーに委託しようとした(詳細は、「愛知製鋼、進まない『スパイ容疑裁判』の不毛」参照)。
愛知製鋼で技術職を務めたあるOBは、「(本蔵氏らがホワイトボードに書いた内容を)『営業秘密だ』と言っているのは、社内でもセンサー部門の限られた技術情報を知る一部の社員だけ」だと明かす。
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