油揚げを盗った猫を追いかけるような人生を送りたくありませんでした--秋元征紘・ジャイロ経営塾代表(第1回)

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--なぜNSKを10年でお辞めになったのですか。

少し極端な言い方かもしれませんが、日本の会社は会社社会主義というか、個人の個性や未来に対する自由を平気で剥奪しますよね。独特の公平主義や平等主義があります。たとえば、海外駐在になったら生活に慣れるまでの2年間、妻を駐在先に呼んではいけないという規定がありました。

私は海外生活が初めてではなかったので妻をすぐに連れて行きたかったのに「規定に合わせないと他の人と不公平になるから」というのがその理由でした。その後もこの種の問題には何度か抵抗を試みたのですがそのたびにたたかれました。トロント駐在時、現地法人のナンバーツーとして仕事は順調に推移していましたが、個人的な理由での別居をマイナスと見なされて帰国を命じられ、ある工場の原価管理担当に配属されてしまったのです。

この工場では月曜の朝礼で課長以上の幹部がお稲荷さんの前に並んで柏手を打つのですが、ある日お供えする油揚げを猫がさらってしまい、総務課長がものすごい形相でその猫を追っかけるという事件がありました。それを見て、猫にさらわれた油揚げを追っかけるような惨めな人生は嫌だと思って退職を決意したんです(笑)。

ステビアという甘味料のベンチャー事業をやっている元上司からの誘いがあって、そちらに移ることにしました。しかし、若気の至りでしたね。通産省からベンチャー育成の助成金をもらう段取りまでしていたのですが、最後のつなぎ融資を銀行に出してもらえず、倒産。たったの10カ月の事業の失敗で600坪の土地と家3軒を失うことになりました。

1979年のことです。

(撮影:梅谷秀司)

あきもと・ゆきひろ
ジャイロ経営塾代表。1944年生まれ。上智大学経済学部卒業、シドニー大学経済学部修士課程修了。1970年日本精工�入社。ニューヨーク、トロント駐在後、日本ケンタッキー・フライド・チキン�(日本KFC)マーケティング本部長、日本ペプシ・コーラ副社長、日本KFC常務取締役、�ナイキジャパン代表取締役社長、LVMHグループのゲラン�代表取締役社長、取締役会長、ゲランSA(パリ本社)執行役員を歴任。2006年ワイ・エイ・パートナーズ�設立、代表取締役に就任。2008年ジャイロ経営塾を設立。複数の企業の役員・顧問、各地での講演、子供地球基金の理事、六本木男声合唱団倶楽部の団員・幹事など、広範な活動を展開している。

■CEOへの道は、エグゼクティブ向けの人材会社・経営者JP主催のセミナー「トークライブ・経営者の条件」との連動企画です。
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