ITやシステムによる効率化は、研究所にいた宮﨑さんにとっては当たり前のことでも、老舗旅館である元湯陣屋にとっては当たり前のことではありませんでした。それどころか、旅館業界全体にとってもシステムによる効率化の考えは遅れており、宮﨑さんが旅館の運営に適したシステムを探しても、最適なシステムは見つからなかったのです。
「ホンダで学んだことのひとつに、『松明は自分の手で』というのがあります。適切なシステムがないなら、自分たちで作るしかないと、システムエンジニアを1人雇って自社で開発し始めました。そのシステムで、旅館内の情報共有からお客様情報、経営管理まですべてできるようにしていきました」
理念とコンテンツ、それを支えるシステム
しかしながら、システムなどのツールによるコミュニケーションが拡大すると、逆にFace to Faceのコミュニケーション量が減ってしまい、理念や目的意識の共有が進まなくなる恐れがあります。ましてや、経営状態の厳しい旅館であれば、スタッフのモチベーションは低下しており、その理念や目的意識の共有の必要性はさらに高かったはずです。そこで、宮﨑さんはツールとしてのシステム導入を進める一方で、そのほかにもいくつかのアクションを進めていったのです。
「パートさんも含めて、利益を含めた経営状況を見せるようにしました。もちろん、それで大変なことになったぞ、と辞めたスタッフもいましたが、スタッフの旅館に対するオーナーシップは上がったと思います。
それだけでなく、システム導入で効率化し、お客様に対する時間を増やすことの意味だったり、旅館が目指す将来像だったり、直接語る機会を増やしました。その語る方法も、システムを通して伝えるだけでなく、直接会って話すことにも時間を費やしてきました。今では、パートさんも含めた全ての従業員と、年2回、直接個別面談をするようにしています」
システムは効率化を進めてはくれますが、その目的を教えてくれるわけではありません。理念やゴールを伝えるという点では、Face to Faceの直接のコミュニケーションに勝るものはありません。宮﨑さんはシステム化を進める一方で、直接スタッフに対して旅館が目指すべき方向性を示していったのです。
経営という観点では、同じゴールに対する意識=「夢や理念」を共有しながら、そのゴールに対しての効率性を上げていくためのオペレーションや仕組みを構築していくことが重要なのです。
さらに、宮﨑さんは新しいビジネスコンテンツを通して、旅館の目指すべき価値を共有していきました。
「効率化だけでなく、新しく核となる事業としてブライダル事業を始めました。結婚式は一生に1回の大事な人生の機会。そこにスタッフがかかわるわけですから、スタッフは旅館全体の質を上げる意識を持つようになります。もちろん、都心から近く、周りに温泉街がないというデメリットを逆にどう生かすかという点からも、このブライダル事業は会社の経営状況を変える大きなきっかけになりました」
無料会員登録はこちら
ログインはこちら