IT武装も最後は「人力」頼みの中国コロナ監視体制 音楽家ファンキー末吉の「デジタル隔離生活」下

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とはいえ、どうやら決定権は現場ではなく上司のほうにあるようで、世界最新鋭のデジタルシステムを使ってでも、決定するのは「人間」だ。しかも、その判断材料は「電話をかけて質問する」という超アナログなものである。話が決まったようで、ヤオヤオ君は私の住むアパートの「社区の長」とやらに連絡を取る。今後1週間、私はその人の監視下に置かれるのだ。電話をかけてきた担当者はおそらく、私をその「社区の長」に引き渡せば仕事は終わりとなり、改めて山ほどいる別の人間に連絡を取って同じことをするのだろう。

ヤオヤオ君は「家に帰ったら社区の長が訪ねて来ますから」と言うのに、次には「じゃあ、メシを食って帰りましょうか」と言う。なんと、ユルい! 「今から隔離される人間が外食なんてして大丈夫なのか」と聞くものの、「大丈夫ですよ、ファンキーさんが濃厚接触者であるわけはないじゃないですか」と返ってくる。レストランに行っても、本来はすべき行動管理アプリで行う行動チェックは形骸化しているので、国家としても私の動きを追跡することはできない。先進的なITシステムを構築しても、そのシステムを誰も使わなかったらまったく役に立たないというわけだ。

上に政策があれば下に対策あり

確かに、私が感染している可能性はとてつもなく低いと思うがゼロではない。私に電話をかけた担当者は「ゼロじゃないんだから」と最悪の可能性、つまり私は「濃厚接触者である」という前提で話をしてきたが、電話を取ったヤオヤオ君は「絶対大丈夫」という前提で行動する。「国が今日から1週間自宅で隔離しろ」と言うのだからそれさえ守っておけばよい。家に帰る前にどこによって何をしようがそれはどうでもよい、ということである。まさに「上に政策があれば、下に対策あり」、だ。

隔離が始まる直前、住居のある「社区」の長がこのような誓約書を持ってきて、サインさせられる(写真・本人提供)

1週間は外食ができないので、たっぷり外食を堪能した後に部屋に帰ったら「社区の長」が訪ねて来た。誓約書のようなものにサインさせられ、「この紙をドアに貼りますからね」と言い残して帰って行った。その赤い紙の写真を撮り忘れたので、「社区の長」が帰ったのを見計らってドアを開けてみたら、なんとその紙はドアの中央に貼られていたのではなく、ドアと壁をまたいで貼られていたのである。つまりドアがその紙によって封印されていたわけで、私がドアを開けたので留めているセロテープが半分剥がれてしまい、片方だけでぶらんぶらんとドアに張り付いた状態になってしまった。

隔離者の住居のドアを開けられないように貼られる赤紙(写真・本人提供)

この赤い紙には、こう書かれている。「この部屋には健康を監視する人間がいます。みんなの健康と自分を守るため、相互に監督しましょう」。相互に監督しましょう? これは私に見せるために貼っているのではなく、ご近所さんに見せるために貼っているのだから、「監督」とはすなわち「ご近所さんに監視させる」ということである。まるで文化大革命時代の密告制度……。気分が重くなってくる。

困ったものである。私はただでさえ金髪の長髪でアヤシイ人間だ。そんな人間が住む家のドアを封印していた赤い紙のセロテープが剥がれてしまったので、アヤシイ人間が隔離を嫌がって脱出して遊びに出ちゃったみたいと思われないか。そこでひらめいた。「ゴミは回収に来てくれる」と言っていたので、家中のゴミをかき集めてドアの外に置いた。これなら「ゴミを出すためにドアを開けたので、その際に剥がれてしまった」と思ってくれるだろう……と。

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