対ロシア「関税引き上げ」が一筋縄でいかない理由 最恵国待遇の剥奪は実際の関税引き上げが肝心

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MFNの剥奪は、もちろんGATT1条1項のほかWTO協定の主要な基本原則に反する。しかし多くの国は、今回の措置は安全保障上の例外として「正当化できる」と理解している。とくに GATT21条(b)(iii)には、「戦時その他の国際関係の緊急時」に、「自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認める」措置をとることができると規定されている。

ウクライナの状況がこの「戦時」であることは当然として、実際に戦火のない日本やアメリカにとっても現状は「国際関係の緊急時」だ。ロシアのプーチン大統領はアメリカとその同盟国に対して、ウクライナでの武力行使の傍らで「経済制裁は宣戦布告も同じ」のような威圧的な発言を繰り返し、さらには核抑止部隊に特別警戒態勢をとるよう指示した。ついにグテーレス国連事務総長が、核戦争の現実味に警鐘を鳴らす事態に至っている。

安全保障例外では自縄自縛のロシア

この事態は、同じ安全保障例外による正当化が主張された最近の事件、例えばアメリカの鉄鋼・アルミニウム関税の引き上げや日本の対韓国向け輸出管理強化の場合とは明らかに異なり、ここで安全保障例外が認められなければいつ使えるのだ、という差し迫った状況にほかならない。

ロシアはこうした主張に文句を言える立場にはない。2014年のクリミア危機の際、ロシアはウクライナからの第三国向け輸出品が陸路でロシア領を経由するのを禁止した。ウクライナはこれをGATT違反であるとWTOに訴えたが、ロシアはまさにこのGATT21条の安全保障例外を持ち出し、何が「自国の安全保障上の重大な利益」かはパネルが判断するのではなく、もっぱら自国が決めることだ、と主張した。

この点について、WTOパネルはロシア側にある程度寄った判断を下し、安全保障例外によって協定違反の通商制限を正当化する裁量を広くに認めた。今回、アメリカやその同盟国はMFN停止だけでなく、そのほかの対ロ輸出入禁止措置をかつてのロシアと同じ理屈で正当化するだろう。皮肉なもので、ロシアは自縄自縛に陥ってしまった。

川瀬 剛志 上智大学教授

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上智大学法学部教授。1990年慶應義塾大学法学部卒。アメリカ・ジョージタウン大学ローセンター修了。慶應義塾大学大学院研究科後期博士課程中退。神戸商科大(現・兵庫県立大)商経学部助教授、経済産業省通商機構部参事官補佐、経済産業研究所研究員、大阪大学大学院法学研究科准教授を経て現職。

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