対ロシア「関税引き上げ」が一筋縄でいかない理由 最恵国待遇の剥奪は実際の関税引き上げが肝心

✎ 1〜 ✎ 37 ✎ 38 ✎ 39 ✎ 最新
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

ただし、CPTPP(環太平洋パートナーシップ)のようなFTA(自由貿易協定)により一部の国に関税を減免する場合、およびWTOで認められた対抗措置として特定国産品のみ関税引き上げを行う場合など例外はある。

MFNの剥奪はロシアをこの「自由・無差別・多角」の枠組みからはじき出すことにほかならない。つまり、ロシア製品のみ高い関税をかける、あるいは通関においてより面倒な手続を課すなど不利に取り扱うことでその貿易を制限し、多国間の通商ネットワークに参入しにくくすることを意味する。

アメリカ議会では、2022年2月24日のロシアによる侵攻開始直後から、国際通商を担当する下院歳入委員会通商小委員会、上院財政委員会の主だった議員がロシアからMFNを剥奪する法案の準備に着手していた。法案は上下両院で超党派の支持を集めたが、ロシアを刺激することに対するバイデン政権の懸念を受けて、3月8日に一度はMFN停止規定が落とされた法案が下院に上程された。しかし、対ロMFNの剥奪を求める議会の声は根強く、最終的にバイデン大統領は対ロMFN剥奪を決断した。

アメリカ法では永続的にMFNを与えることを「恒久的正常通商関係(PNTR)」と呼ぶ。冷戦時代のアメリカでは、移民の自由や人権保障に懸念のある非市場経済国家にはMFNを与えないとする「ジャクソン・バニク修正条項」に基づき、旧ソ連や中国のほか、ベトナムや旧東欧共産主義諸国にはPNTRを認めず、人権保護の状況などを毎年審査のうえMFNを更新してきた。しかし、中国(2001年)やベトナム(2007年)などがWTOに加入する場合にはPNTRを認めざるをえず、ジャクソン・バニク修正条項の適用対象国から外した。

インパクトに欠けるアメリカ単独でのMFN剥奪

ロシアも中国と同様に、2012年にWTOに加盟した時にジャクソン・バニク修正条項対象国から外れた。ただし、この時はマグニツキー法によって、ロシアで行われた人権侵害行為に責任のある個人に制裁を実施することと引き換えに、アメリカ議会がロシアにPNTR を認めた。アメリカ議会にとってロシアは、そもそもPNTR、つまり正常な通商関係を当たり前に取り結ぶ相手ではなく、ロシアがアメリカとそうなるためには人権保障にきちんと取り組むことが条件だった。そう考えると、例えば住宅はおろか妊婦のいる病院にさえも攻撃をためらわず、また人道回廊で一般市民が避難中にも停戦を順守しないロシアとは「正常」な付き合いに値しないとアメリカ議会が判断するのは理解できる。

今回の措置はG7やEU、その他のNATO(北大西洋条約機構)加盟国と連携して実施される。また2022年3月15日のWTO一般理事会の声明では、これらのメンバーではないオーストラリア、韓国、ニュージーランドも加えた14カ国・地域がMFN停止を含む対ロ制裁への参加を表明している。アメリカの関税に限ればMFNの剥奪は、実はインパクトに欠ける。アメリカのロシア産品輸入はエネルギーや水産物などに偏っているが、これらの産品についてはもともと、非MFN税率自体が低いのでロシアにはあまり影響はない。また、ロシアの輸出相手国としてアメリカのシェアがそもそも小さい。したがって、同盟国と連携して実施することが欠かせない。

次ページ石油・天然ガスの輸入制限に消極的なEU
関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事