物議醸す「収容外国人の実名顔出し映画」が問う事 日本社会が見過ごしてきた入管施設の深刻実態

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舞台あいさつで最も気丈に語っていたデニズさん(43)も、『牛久』を見たのは1度きりだ。この日も上映時には観客席にいなかった。自身が「制圧」された映像も含まれ、精神的に耐えられないからだ。

収容中に精神を病み、自殺未遂も経験したデニズさんは、牛久から出た後も、引き続き心身に困難を抱えている。心の回復には程遠い。笑顔を作ることはできるが、笑うことはできない、と話す。舞台あいさつでも、「私は本当に闘っている」「あなたたちの力、お願いしている」と、絞り出すように訴えた。

この映画に出演した外国人たちは、大きな代償を払うリスクも負っている。自身を社会にさらすことで、ヘイトスピーチやいわれなき指弾の対象になるかもしれない。入管問題を大っぴらに告発した外国人に、政府が何をしてくるかわからないという懸念も大きい。

デニズさんは当初、アッシュ監督が面会室で撮影しているのは知らなかったという。撮影と映画化の意図は後に知った。それでも、すぐに「すばらしい考えだ!」と賛成した。デニズさんには日本人の妻がいる。彼女と日本で暮らしていくためにも、入管問題を日本の多くの人に知ってもらい、現状を変えたかった。

アッシュ監督も言う。

「私はいいです。私はね。国から出されたら、どこに出されるの? (私は)アメリカだよ。全然、私は(彼らと)一緒にできないわけ。彼らはそれぞれの(危険があるなどして帰国を拒否している)国に戻されちゃうよ、帰されちゃうよ」

『牛久』のパンフレットは、およそ50ページに及ぶ。出演者が置かれた状況の解説とデータを多く盛り込んだ、さながら入管問題のガイドブックだ。アッシュ監督も名前と顔を出して証言した出演者を繰り返したたえ、観客には、できるところから行動をしよう、と鬼気迫る目で訴えた。

当事者や支援者には複雑な思いも

ただ、被写体となった外国人たちの立場を案じる声や、隠し撮りという手法へ疑問の声は残っている。被収容者や仮放免者の支援活動を続けてきた人たちも、全員がもろ手を挙げて映画に賛同しているわけではない。出演者への意思確認などをめぐって、制作側を批判し続ける人もいる。

筆者がインタビューでこの点に触れると、アッシュ監督は「話したくない。当事者の声に絞りたい」と口にした。

「要はやり方、役目役割が違うだけなのよ。みんなで一緒に力を合わせて。敵は入管だから。仲間割れをすると、入管、勝つんだよ、それでいいの?」

トーマス・アッシュ監督(写真:益田美樹)

この作品のパンフレットには、研究者や活動家ら総勢30人近くがコメントを寄せているが、入管問題をすでに知る人は首をかしげたかもしれない。ここに含まれていそうな人が含まれていないからだ。

例えば、映画の舞台となった牛久で、初期から被収容者の支援にあたっている「牛久入管収容所問題を考える会(牛久の会)」の代表・田中喜美子さん(69)のコメントもない。

田中さんは、1週間で唯一自身の仕事が休みになる水曜日になると、牛久に欠かさず通ってきた。もう27年。彼らを励まし、差し入れし、悩みに耳を傾け、必要に応じて入管側に申し入れもする。

収容所内の問題を外に伝える窓口となっている「牛久の会」の活動は、被収容者にとって生命線だ。長年の活動で築かれてきた、当事者や支援者のネットワーク。そこから聞こえてくる複雑な事情や思いを考慮してか、映画について多くを語らない。ただ、茨城県内のレイトショーで鑑賞した後、彼女はこう言った。

「これは入管の大失態、大失態の映画だね。制圧の映像も、隠し撮りされたのも」

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