物議醸す「収容外国人の実名顔出し映画」が問う事 日本社会が見過ごしてきた入管施設の深刻実態

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入管の収容施設をめぐっては、人権擁護団体などがさまざまな問題を指摘している。長期収容や医療体制の不備が特に顕著で、健康に問題を抱える被収容者は後を絶たない。2021年3月には、名古屋入管でスリランカからの留学生ウィシュマ・サンダマリさん(当時33)が死亡する事態になり、1年後にあたる今月、遺族が国に損害賠償を求めて提訴した。

問題は収容施設内にとどまらない。収容を暫定的に解く「仮放免」制度にも改善が求められている。仮放免中は就労を禁止され、収入を得る術がない。健康保険にも加入できない。かといって、生活保護の受給資格もない。だから、このような立場に置かれた人たちは、家族や支援団体からの援助で生活している。そうした支援にも限度があることから、隠れて仕事をせざるをえない結果も生んでいる。

そもそも、日本の難民認定率は、諸外国に比べて著しく低い1%前後。庇護を求めているのに、収容か仮放免かの生活を何年にもわたって送っている人たちがいる。

こうした問題を社会に伝える試みは、これまでにもあった。支援者個人のブログ、テレビや新聞の報道、そして文芸作品まで多岐にわたる。被収容者のコメントも、それらの中で紹介されていた。しかし、ドキュメンタリー映画『牛久』はそうした中でも特異な存在だ。当事者が牛久の「中」から顔出しで訴えているからだ。

撮影・録音は禁止、カメラを隠して持ち込んだ

入管収容施設では、撮影・録音は禁止されている。被収容者と面会できる面会室には、金属探知機をくぐらないとたどり着けない。携帯電話なども含め電子機器はすべて事前にロッカーに預けなければならない。

アッシュ監督は、その面会室にカメラを隠して持ち込んだ。被収容者とこちら側を隔てるアクリル板。被収容者が入ってくる正面の扉。車いすの被収容者を介助する入管職員の動き……。カメラは、面会者が目にするそうした事柄を1つひとつ捉えていく。

正面からこちらを見つめるのは、人権侵害を受けたとして怒りや苦悩を抱える被収容者だ。彼らは語る。

「日本は難民を受け入れない」

「難民申請書はあるけれどあれは見せかけだ」

「(アクリル板を叩きながら)刑務所と同じ」

「僕はまだ新米。入ってから2年しかたっていない」

入管職員から体に危害を加えられたり、精神的に追い込まれたりしたと訴える収容者は、無機質な面会室で涙をこぼしたり、うつろな目で宙を見つめたりする。観客は、アッシュ監督の面会を追体験していく。

作品には、面会室でアッシュ監督が撮影したものとは違う、別撮りの映像も挿入されている。森まさこ法務大臣(当時)の国会答弁や、入管職員が集団となって1人の被収容者を「制圧」した映像などだ。

前者は国会中継の、後者は裁判によって白日の下にさらされた映像だが、映画出演者の証言と重ね合わせて観ることで、彼らの言動を別の角度から眺めることができる。

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