偏見だらけの「エイズ」劇的に進化した治療の実際 1日1錠の薬の服用で発症せずに暮らせることも

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この女性のように陽性者の学会への登壇は、特別なことではない。昔からHIVやエイズの領域では、学会などで患者たちが直接発言する文化がある。

「スウェーデン・ストックホルムで開催された1988年の第4回国際エイズ会議に、患者や市民が参加したことがきっかけとなり、当事者が議論に参加する流れが生まれました。臨床や研究の場だけでなく、学会などへの患者の参加がなければ、現在の状況はありえなかったでしょう」(松下医師)

NPO法人「日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス」の代表理事であり、日本エイズ学会の理事を務める高久陽介さんは、HIV陽性の当事者として活動する1人だ。高久さんは25歳のとき保健所で検査を受け、感染を知った。

「2001年のことです。もちろんHIVのリスクは知っていましたが、危機感は薄かった。検査のきっかけは、当時好意を抱いていたHIV陽性の男性です。『コンドームをすれば僕は感染しないから大丈夫』と何気なく彼に伝えたとき、『君はHIVのことをわかってない』と、がっかりされたんです。

その言葉を受けて考えはじめて、私はHIVを“自分ごと”として捉えていなかったと気づきました。『自分も既にHIVに感染しているかも』とは思わず、自分がキャリアの彼に感染させられるリスクしか頭になかった。それで、ちゃんと向き合うために検査を受けたんです」(高久さん)

検査結果を知り、頭が真っ白になるほど落ちこんだ高久さん。しかしそんな彼を救ってくれたのも、その男性だったという。

「その日のうちに自分の陽性を伝えて、話を聞いてもらいました。治療のことや会社への報告はもちろん、自分の鼻水がついたティッシュを触った母親が感染しないか、なんてことまで話しましたね。HIVについて知っているつもりでも、私は何も知らなかったんです。でも、そういう疑問や不安を聞いてもらったおかげで、私はすぐに立ち直れました」

だから自分も当事者の力になりたい――。高久さんはそう思ったという。

高久さんが立ち上げた「ジャンププラス」では、HIV陽性者交流会を行っている。陽性者たちが孤立せず、前向きに治療できるようサポートしているのだ。治療のハードルが格段に下がった今では、病気そのものより、HIVにまつわる人間関係や性の悩みがシェアされることが増えているそうだ。

当事者同士の交流やサポートが充実する一方で、家族や友人、同僚などに、HIVのことを明かさない陽性者もやはり少なくない。

「3年おきに行われる大規模調査『Futures Japan プロジェクト』によれば、HIVについて周囲に明かさないことがデフォルトになっていますね。しかし、親しい人に打ち明けていない陽性者はメンタルヘルスがよくない傾向にある。周りに隠してしまっていることに、後ろめたさを感じて悩むのかもしれません。

当事者にとっては、同じ境遇にいる人や親しい人に体験や悩みをシェアできる機会があると望ましいですよね。ただ、悩みの共有は誰もが簡単にできることではないので、焦る必要はないとも思います」(高久さん)

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