偏見だらけの「エイズ」劇的に進化した治療の実際 1日1錠の薬の服用で発症せずに暮らせることも
当事者たちが体験や悩みを語りにくい状況は、世間にまだHIVについての誤解や偏見がはびこっているからだろう。松下医師は、HIV陽性者へのステレオタイプの見方が当事者たちに肩身の狭い思いをさせたり、また早期発見を遅らせたりすることを危惧する。
「例えば、『HIVはゲイだけがかかる感染症』という先入観があると、ヘテロセクシャル(異性愛者)やレズビアン(女性同性愛者)のHIV感染者が視界に入らなくなる。また、こうした人たちも『自分には関係のない病気』だと思いこんで、検査を受けなくなる可能性もあります。一口にHIV陽性者といっても、多様性があります。
性的指向はもちろん、パートナーシップの形にもダイバーシティのある時代。ステレオタイプ的な考えにとらわれず、HIVについて正しい知識を身につけることが重要です」(松下医師)
HIVの多様性という点では、高齢者の受診も増えているという。
「初診時に60~80代の陽性者もいますね。“HIVは若い男性の病”という誤った認識があって、検査や受診しづらい状況がある。認知症やがんなど別の病気で受診された際に、エイズ発症が発覚することもあります」(松下医師)
コロナ禍で検査数が半減?
さらにコロナ禍でHIVを取り巻く現状も変化している。検査数が減っているのだ。
コロナ感染を恐れて、HIV検査を先送りするケースもあるが、同時にコロナの検査にリソースを奪われ、保健所や医療機関がHIV検査まで手が回らない問題もある。
実際、2020年に全国の保健所などで行われたHIV抗体検査は、前年の半数以下の6万8998件だった。高久さんは、そもそも保健所や病院でしか検査ができない現在の医療体制を問題視する。
「海外では、自ら採った血液や唾液を医療機関に郵送し検査する方法が確立している国も多いです。ところが、日本では郵送検査が公的な検査手法に位置づけられていません。本来なら、早期発見に繋がるよう国が積極的に提供すべきなんです。
ジャンププラスは有志とともに、厚生労働省に要望を出し、国が主体となって、郵送検査の法的制度や精度管理を行うことを求めています。そもそも働き盛りの世代は検査を受けに行く時間も取りにくいですし、地方に住む人は意図せず知り合いに知られるリスクもある。コロナの郵送検査が積極的に利用されている今、HIVでもこの手法を活用すべきではないでしょうか」
HIV検査体制の整備は喫緊の課題だ。さらに世間がエイズを忘れつつあるという問題も大きい。
「ゲイバッシングに繋がる懸念から、エイズ報道の自粛がメディアに広まった時期がありました。その結果、かえって正しい知識が広まりにくくなった印象があります。エイズがセンセーショナルだった時代が遠くなり、エイズを知らない若者が増えたのも心配です」(松下医師)
高久さんは、若年層への啓蒙のために性教育への注力を訴える。
「保健体育ではいまだに男女間の性行為を基本としています。またコンドームの使用も避妊の観点で教えるため、性病や感染症予防の観点から語られないことも多い。HIV予防において、性教育の整備は重要課題です」(高久さん)
適切な治療を受ければ怖くない病気になったものの、何よりも重要なのは予防だ。HIVやエイズにまつわる偏見や誤解をなくすことで、次世代にとって本当の意味で“過去の病”にすることができるはずだ。
(構成:ライター安里和哲)
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