その後、2010年の尖閣諸島沖における中国漁船衝突事件を経て日中関係は悪化した。両国の国内事情と国際情勢も変化し、現在は「戦略的互恵関係」の形骸化を指摘せざるをえない。しかしながら、両国政府が共通の利益を模索して一定の合意形成という戦略的選択に至った基本文書は日中の歴史的遺産である。国交正常化50年という節目に際し、「4つの基本文書」に明記された日中関係の諸原則、とりわけ「戦略的互恵関係」の意義を再評価したい。
中国の「価値観」
日本の世論調査で対中感情が悪化している背景には、日中間における各種利害の対立に加えて、習近平政権が掲げる「価値観」に対する違和感や拒否感があるのではないか。日中は漢字文化を共有するが、例えば「人権」の表記は同じでも、中国における「人権」は「生存権」や「発展権」が優先され、その意味や解釈は異なる。
現在、中国共産党政権は「習近平新時代中国特色社会主義思想」、いわゆる「習近平思想」を掲げて思想統制を強化している。「正しい価値観」として「社会主義の核心的価値観」が規定され、国家の建設目標としての「富強・民主・文明・和諧」、社会の構築理念としての「自由・平等・公正・法治」、国民の道徳規範としての「愛国・敬業・誠信・友善」が徹底されている。「民主」や「自由」などは「普遍的価値」と共通するように見えるが、重要なのは「国家」、「社会」、「国民」について言及した前段部分であり、それらを超越する「党の指導」という絶対的優位性である。
習近平政権は国内で「社会主義の核心的価値観」を喧伝する一方で、国際社会に対しては「全人類共通の価値」を強調し、「人類運命共同体」の構築を主張している。2015年、習近平国家主席は第70回国連総会で「平和・発展・公平・正義・民主・自由は、全人類共通の価値であり、国連の崇高な目標でもある」と演説し、中国は国連憲章の原則を受け継いで世界の平和と発展のために新たな貢献を果たすと宣言した。
習近平国家主席が「平和・発展・公平・正義・民主・自由」について述べた際に、「普遍的価値」ではなく「全人類共通の価値」として提起した意図とは何か。国際社会に向けた「全人類共通の価値」と国内における「社会主義の核心的価値観」の整合性を図るとともに、多極化する国際社会において欧米中心の「普遍的価値」に対抗し、「価値観」を主導するための戦略的思考によるものといえよう。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら