日中間において、平和、自由、平等、民主主義、人権、法治などの「普遍的価値」に関する対話を深化させることは可能だろうか。筆者は、日中両国がこれまでに戦略的選択によって合意形成を果たした歴史的成果を再評価し、日中共通の利益を「普遍的価値」の文脈で再検討したい。習近平政権が言論や思想の統制を強化する中で、「普遍的価値」をめぐる議論が困難であることは論を俟(ま)たないが、権威主義に対する批判と同時に、中国社会の多様性と複雑性に対する理解という複眼的な視点が必要だと考える。
戦略的選択を重ねた日中の50年
日本と中国は、政治的な緊張関係、経済的な互恵関係、歴史的・文化的な相互影響の関係など、複雑かつ重層的な関係にある。地政学的に見れば、両国およびその周辺地域において安全保障上の課題が山積している。そうした中で、日中は共通の利益を模索し、戦略的選択を重ねてきたといえよう。その歩みは、両国政府が発表した「4つの基本文書」に具現されている。
1972年の「日中共同声明」では、社会制度の相違にかかわらず平和友好関係を樹立すべきだと記された。1978年に締結された「日中平和友好条約」では、平和的手段による紛争解決と反覇権が確認された。冷戦下で実現した国交正常化の背景には、当時のソ連に対抗した米中接近という国際情勢があった。日本では対中外交の転換を求めた世論の高まりもあり、文化大革命のさなかにあった中国との関係改善は、日中双方の利害が一致したところが大きい。平和友好と反覇権は、日中間で共通する重要な利益として戦略的に選択されたのである。
1998年の「日中共同宣言」は、「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言」が正式名称である。冷戦後の国際情勢をふまえて、アジア太平洋地域および世界の平和と発展に対する協力が確認された。筆者が重視するのは、2008年の「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」である。「政治的相互信頼の増進」に関して、「国際社会が共に認める基本的かつ普遍的価値の一層の理解と追求のために緊密に協力する」と明記されている。当時、中国は胡錦濤・温家宝体制で、日中首脳交流も活発化した。日中間の政治文書で「普遍的価値」が明記されたことは画期的であった。
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