増税先送りは、世代間格差の是正機会を奪う 時間的猶予だけでは、何も問題は解決しない

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もし消費税再増税を先送りした場合、社会保障をめぐる受益と負担の世代間格差を是正する機会をそれだけ逸することになる。これは景気を良くしても解決できない問題である。

景気が良くなっても、今の税制では高齢世代に負担を求められず、その分が若年世代や未だ見ぬ将来世代に付け回される構図に変わりはない。だから、景況にかかわわらず、老若が負担を分かち合う消費税の税率を早期に引き上げることが世代間問題の解決に貢献する。

問題先送りは、少子高齢化が進む日本に致命傷に

そもそも、税制のあり方について、選挙時に正面から有権者に問わず、選挙と選挙の間の時期を狙って議論するというやり方でよいのだろうか。「増税を明言しては選挙に負ける」というトラウマに囚われて選挙に臨めば、税制論議は感情論に流されるばかりで、いつまで経ってもわが国で客観的根拠を持った成熟した論議ができない。

解散総選挙を意識した今、先送りした再増税時に軽減税率の導入を検討するなど、与党内の政治的都合を優先した議論が進む。しかし、経済的根拠をもって税制の議論をするなら、拙稿「消費税軽減税率は、低所得者対策にならない」で述べたように、軽減税率より低所得者限定の給付の方が効果的だ。政治的理由に気を奪われ過ぎると、経済的に望ましい政策を見失いかねない。

もし期限を定めて再増税を先送りしても、その期限が来たときにまた先送りするという禍根を今後に残す恐れがある。

完全失業率が近年最低水準でほぼ完全雇用状態とも見られる状況の今、もし消費税再増税を先送りしたならば、先送りした期限が来たときにデフレ脱却ができても、雇用情勢が今より悪ければ、それだけで格好の「再先送り」の口実になりかねない。

消費税再増税の先送りによって経済成長を優先するといえども、まだ成果が乏しい「成長戦略」にますます力を入れなければ、経済成長は望めない。

そのためには、既得権を打破する規制改革や労働者のさらなる努力を求める生産性向上が欠かせない。消費再増税を先送りしたことで民間に気休めの暇が与えられたとしても、消費増税と両立できるこれらの努力がなければ、何の問題解決にはならない。

デフレ脱却は重要だが、消費税再増税の先送りが単なる諸問題の先送りになっては、少子高齢化がさらに進むわが国にとって致命傷となる。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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