薩摩藩邸で待機していた大久保利通は、事の成り行きを知り、珍しく感情を露わにしている。
「大樹公は、暴力をもって摂政たちを脅迫した」
「大樹公」とは将軍のことで、この場合は慶喜のことだ。しかし、朝廷からすれば、大久保からもまったく同じ目に遭わされてきたといってよい。朝廷は武力を持たないので、ただひたすら粘りながら、暗に武力ちらつかせれば、意見を推し通すことができる。むしろ、慶喜は大久保の粘り腰からそのことを学んだのではないか、とすら思えてしまう。
敵が強ければ強いほど内部は結束する
徳川慶喜といえば、大政奉還で政権を投げ出して、鳥羽・伏見の戦いで敵前逃亡したという印象ばかりが強い。
だが、稀有な政治力をもって、弱体化した幕府を立て直すべく奔走し、大久保ら倒幕派らのもくろみを何度となく打ち砕いてきた……というのが実像である。
そして、慶喜がこれだけ手ごわかったからこそ、倒幕は成し遂げられたともいえよう。敵が強ければ強いほど、内部は結束する。このころには、もともと倒幕には反対だった久光も、大久保と西郷の思いに理解を示し始めていた。
大久保が決してあきらめないのはなぜか。失敗を重ねることでしか、前進などできないと信じていたからだ。準備を重ねてきた四候会議が散々な結果に終わると、大久保は土佐藩を倒幕運動に巻き込むことを決意する。
(第20回つづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
松本彦三郎『郷中教育の研究』(尚古集成館)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』 (講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家 (日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』 (ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
鹿児島県歴史資料センター黎明館 編『鹿児島県史料 玉里島津家史料』(鹿児島県)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵"であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
萩原延壽『薩英戦争 遠い崖2 アーネスト・サトウ日記抄』 (朝日文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
家近良樹『徳川慶喜』(吉川弘文館)
家近良樹『幕末維新の個性①徳川慶喜』(吉川弘文館)
松浦玲『徳川慶喜―将軍家の明治維新増補版』(中公新書)
平尾道雄『坂本龍馬 海援隊始末記』(中公文庫)
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら