「つぶしがきく仕事」ばかり選んだ50代社員の末路 リストラ対象者と向き合い知った「人生の残酷」
僕にも勤務先が倒産した経験がありますが、その時には、いきなり会社から放り出されて「自分の市場価値」というものに直面しました。ある日突然、「お前は何ができる人間なのか?」という問いに、正面から向き合わされたわけです。まさに「目を背けていたもの」を直視しなければいけなくなった瞬間でした。
転職にまつわる笑い話があります。「あなたは何ができる人ですか」という面接での質問に、答えに窮した求職者が「部長ならできます」と答えて失笑されるというジョークです。僕はこれ、リアルにそういう人がいるので笑えません。
先ほどのように「つぶしがきく選択」をし続けてきた人たちは、マーケットを俯瞰して自分について考えることを怠っているのではないでしょうか。それゆえ、自分は「その他大勢の一人」であり、市場価値が不明確なコモディティ化した人材だということに気づいていません。
そして、そういう人材は、転職市場では大切に扱ってもらえないという厳しい現実にも無頓着なのです。
漫然と会社の指示に従うリスク
漫然と会社の指示に従うことのリスクはここにあります。そしてそのリスクは、不景気になると突然、露呈してくるのです。会社や事業が丸ごと消えてしまい、ポストが干上がるからです。
そうなってからいざ転職しようとしても、なかなかうまくはいきません。望むようなポジションを見つけられなかったり、実際の市場価値とは乖離した水準の給与をもらっていた人は、望むような仕事内容でも待遇だけは落とさざるを得なかったりします。
つぶしがきく選択肢をとり続けた結果、皮肉なことに、選択肢と可能性がつぶれてしまう。ある日突然、にっちもさっちもいかないような状況に追い込まれてしまう。まさに「キャリアのパラドックス」とでも言うべき事象が、現実に起きてしまいます。自分の意思で何も選んでこなかった人は、誰からも選ばれないのです。
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