米国の株式市場が落ち着きを取り戻す条件とは 高いインフレ率はまもなくピーク越えも?

拡大
縮小

こうした生産サイクルの下向き基調に沿って、景気の先行きを反映する2年債と10年債の金利差(以下、長短金利差)は縮小傾向にある。2年金利がFRBの利上げ観測を反映し1%を超えて上昇しているいっぽう、10年金利は将来の景気後退懸念が意識されていることなどから鈍い上昇に留まっており、金利差は拡大しにくい状況にある。

もし2022年にFRBが4回(ないしはそれ以上)の利上げを実施し、その間、2023年以降の利上げ計画を固持するのであれば、2年金利は今後も上昇を続け、10年金利と逆転する蓋然性は高くなる。長短金利差の逆転が実現すれば、それは景気後退の到来を知らせる「凶兆」となってしまい、株式市場参加者の景気見通しを悲観的な方向に傾けるだろう。過去の経験則に従えば、長短金利差が逆転したその1年半~2年後に景気後退入りする。

問題は、こうした循環的な景気減速が予想されているにもかかわらず、インフレ沈静化が金融政策運営上の最重要課題になっているため、現時点でFRBが景気に配慮して金融引き締めの手を緩める選択肢を有しないことだ。長短金利差の逆転を防げる条件としては、(1)年央にインフレ圧力が後退し、(2)FRBの利上げ打ち止めが意識され2年金利の上昇が一服することであろう。

2022年に4回超の利上げが意識されている現状、そうした見通しはいかにもナローパス(限定された選択肢)に思えるかもしれない。だが、インフレに直面してタカ派色を強めているクリストファー・ウォラー理事でさえも「インフレ圧力が後退すれば、利上げ計画を見直す」といった趣旨の発言をしていることに鑑みれば、インフレ率が低下した場合、FRBが引き締め計画を修正することも十分に想定される。そうであれば、過度な引き締めが景気後退を招いてしまう、いわゆるオーバーキルの懸念は後退する。その下で長短金利差の縮小は一服し、株式市場参加者の景気見通しは改善するだろう。

インフレは間もなくピークアウトを迎える?

現在進行中の長短金利差の縮小にジェローム・パウエル議長を含むハト派メンバー(ラエル・ブレイナード理事、ニール・カシュカリ総裁、チャールズ・エバンス総裁、メアリー・デイリー総裁など)が耳を傾ける可能性はあるだろう。

FRBが重視する5年先5年BEI(債券市場参加者が予想する5年後におけるその後5年の平均的なインフレ率、例えば現在なら2027~2032年の予想インフレ率)が2%程度で安定を保っているのは、市場参加者が高インフレは一時的であるとの判断を維持しているからに他ならないが、それにもかかわらずインフレ退治を敢行することに疑問を呈する参加者が登場しても不思議ではない。

以上をまとめると、株式市場参加者が楽観を取り戻すのは、(1)インフレ圧力の低減を示すデータがそろい、(2)FRBが金融引き締めの手を緩める理由がみつかることが条件になろう。

このうち(1)については、過去数カ月、アメリカの企業サーベイで「納期短縮」や「仕入・販売価格の上昇一服」を示す複数のデータが確認されている。それらは3~6カ月程度遅れて消費者段階の物価に反映される傾向があることに鑑みれば、インフレは間もなくピークアウトを迎え、FRBが金融引き締めを講じるとの警戒は和らぐと期待される。当面はインフレの先行指標に注目したい。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

藤代 宏一 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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ふじしろ こういち / Koichi Fujishiro

2005年第一生命保険入社。2010年内閣府経済財政分析担当へ出向し、2年間『経済財政白書』の執筆や、月例経済報告の作成を担当。その後、第一生命保険より転籍。2018年参議院予算委員会調査室客員調査員を兼務。2015年4月主任エコノミスト、2023年4月から現職。早稲田大学大学院経営管理研究科修了(MBA、ファイナンス専修)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。担当は金融市場全般。

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