普遍的な解ではなく多様性こそ尊重すべし--『カイシャ維新』を書いた冨山和彦氏(経営共創基盤(IGPI)CEO)に聞く

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--マーケットも変わりますか。

市場メカニズムに依存する経済はクラッシュに弱い。市場メカニズムは不特定多数の人にボンドという形で融資している。クラッシュになれば、それは一斉に引く。一方でメインバンク制のほうが相対型で情報の格差は小さい。連続性も確保される。どっちがいいかは、経済学的に簡単に言えば、ケース・バイ・ケースで優劣はつけられない。

新自由主義的というか、株主主権主義論的、直接金融至上主義的な議論は、実はそんなに万能ではない。間接金融は過渡的なものであって、最後は直線的に直接金融に収斂するという、進歩史観的歴史観は崩壊した。これは暫定的な結論だが、いろいろなものが共存している状態が普通で、むしろそれがゴールの姿であるかもしれない。

全体的に絶対主義から相対主義に戻った。普遍性より多様性の承認に明確に変わった。

--国家の存在が大きくなっています。

象徴的なのがステートキャピタリズムへの脚光。新自由主義的なものの考え方では、キャピタリズムを担うのはマーケットであって、ステートであるべきではないと考える。これを命題として、科学というより価値選択として、国家は非効率であって、市場のほうが効率がいいと。そこにも疑問符がついた。

もちろん開発経済学は市場より政府に優位性があることを容認していたが、成熟した資本主義ではありえなかった。だが、成熟した資本主義もそう単純ではない。市場は必ず失敗する。もう一つ、市場では基本的に利回りで評価される。それも期待収益を時間で割るだけに、収益を最大化すると同時に、投資期間を最短化するという欲求が働く。

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