「ゴヤの名画と優しい泥棒」に学ぶ矜持とユーモア 英国のウェリントン公爵肖像画盗難事件を映画化

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脚本は、心理学者やスタンダップコメディアンとして活躍していたリチャード・ビーンと、法廷弁護士出身のクライヴ・コールマンが担当。コールマンにとっては、何度も通っていたという法廷も舞台のひとつになるということもあり、当初、彼らはスリラー映画のアプローチで物語を組み立てようとしていたというが、この映画に必要なトーンとは違うということに気付き、むしろ「エモーショナルな家族の物語」というアプローチで物語を組み立てることとなった。それはつまり、ケンプトンという人物の資質という部分が物語に影響したといえる。

主人公のケンプトンはBBCの受信料徴収廃止を訴えていた。ちょうど今、英国ではBBC受信料廃止の機運が高まっている ©PATHE PRODUCTIONS LIMITED 2020

そんなケンプトンについてベンサムプロデューサーは「多くの人が苦しんでいるのに、なぜ一人の人間だけが裕福なのか。ケンプトンはいつもコミュニティーのことを気にかけていました。彼は完璧な人間ではなかったですが、英雄的な側面を持っていた人だと思います。人生を自分のためにではなくみんなのために、社会をよくすることにささげた人なんです」と指摘する。

そしてそんな人物を演じることができるのは、名優ジム・ブロートベントしかいなかった。「本物のケンプトン・バントンの写真を見たことがある人なら、ジムが驚くほど似ている人だと分かるはず。ケンプトンになりきって、愛らしさ、目の輝きを持った彼を見事に演じているから、観客はきっと彼に恋をしてしまうでしょうね」とそのキャスティングに自信を見せる。

監督が急逝、本作が遺作に

本作のメガホンをとったのは、『ノッティングヒルの恋人』のロジャー・ミッシェル。残念ながら2021年9月に急逝し、長編劇映画としてはこの作品がミッシェル監督の遺作となってしまった。

『ノッティングヒルの恋人』に出演したジュリア・ロバーツが、自身のInstagramで「あなたと過ごした1分1秒、すべての時間がいとおしい時間だった。どうか安らかに」と追悼コメントを寄せるなど、明確なビジョンと的確な指示とで俳優の魅力を引き出す監督としての力量はもちろんのこと、その穏やかで、優しい人柄も多くの映画人たちに愛されたことがうかがえる。

主演のジム・ブロードベントも本作のオファーを受けた際に「ロジャー監督がやるなら受ける」と全幅の信頼を寄せていたという。またヘレン・ミレンも「映画の中で描かれている物語の本質は監督によく似ている。彼の優しさ、すばらしいユーモアのセンス、そして人生をうまく受け入れる度量があります。物語と彼自身が真に融合していて、それが撮影現場での彼の仕事ぶりに現れていたように思います」と指摘する。

そうしたミッシェル監督たちが描きだした優しさ、ユーモア、そして相手を受け入れる思いやりなどは、何かとギスギスしがちな現代だからこそ、心に響くものがある。

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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