「ゴヤの名画と優しい泥棒」に学ぶ矜持とユーモア 英国のウェリントン公爵肖像画盗難事件を映画化

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余談だが、ショーン・コネリー主演の1962年公開の映画『007/ドクター・ノオ』の劇中では、行方不明になっていた「ウェリントン公爵」を盗んだのは、ジェームズ・ボンドの宿敵であるドクター・ノオであるとされており、彼の隠れ家に「ウェリントン公爵」が飾られている、という英国ジョーク的な描写があった。世間では、盗難事件の犯人が誰なのか分かっていない時期の話だったが、人気映画のシーンに出てくるほど世相を騒がせた事件だった。

絵画のモデルとなったウェリントン公爵は、1815年のワーテルローの戦いでナポレオンを打ち破った国家的英雄だ ©PATHE PRODUCTIONS LIMITED 2020

実際の犯人はニューカッスルで妻と息子とともに年金暮らしをしていた60歳のタクシー運転手・ケンプトン・バントン。絵画を人質にとった彼は政府に「絵画を返してほしかったら、公共放送BBCの受信料を、年金受給者は無料にせよ!」といった内容の身代金を要求する。

絵画に14万ポンドを使うよりも、貧困によって社会から切り離された高齢者たちの暮らしに寄り添うべきだという主張だった。ケンプトンが、BBCの受信料支払いを拒否したため、刑務所に2度収監されたという経験も背景にはあった。そういう意味でこれはまさに、名も無きタクシー運転手の人生をかけた大勝負だったわけだが、実はこの事件の裏にもうひとつの真実、“優しいうそ”が隠されていた――。

孫がプロデューサーに送った手紙がきっかけ

この物語が映画化されるきっかけとなったのは、プロデューサーのニッキー・ベンサムのもとに、ケンプトンの孫であるクリストファーからメールが届けられたことだった。「これは映画にできるのではないか」と、祖父ケンプトンの物語がつづられていたが、それを読んだ彼女は「こんなすばらしい物語が今まで誰にも語られてこなかったなんて」とすぐにこの物語に魅了された。

映画化にあたってはバントン家が全面協力。ケンプトンが書いていたという戯曲や、家族の写真、彼に関する記事などもすべてスクラップして保管されていたということもあり、この事件に関連する資料はほとんど見ることができたという。さらに本作の法廷シーンでは、オリジナルの裁判記録からいくつかのセリフが引用されるなど、できる限りのリサーチが行われた。

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