部屋探しで「オトリ物件」が排除される驚きの未来 「不動産ID」が導入された不動産業の将来を予想

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すでに不動産テック協会では、「住所」にひもづけた「不動産共通ID」のアプリ提供を約1年前から開始し、宅配事業者などに活用され始めている。「ユーザーの成功体験を積み上げていくことで、IDの必要性を認識してもらうしかないのではないか」(巻口成憲不動産テック協会代表理事)と、利用ユーザーの拡大を進めていく考えだ。IDも用途に合わせて1つに限定する必要はなく、不動産IDを中心にデータ連携できるオープンな仕組みが重要だろう。

不動産IDが導入されたら司法書士はどうなる?

「不動産IDの導入で最も影響を受けるのは、不動産登記を行う司法書士ではないか」

複数の不動産業界関係者からはそんな指摘があった。

不動産売買に伴う移転登記手続きは、司法書士に30万円ほどの費用を支払って代行してもらうのが一般的だ。しかし、「不動産ID」の導入で買い主が自ら300円程度の手数料だけで簡単に登記できるようになれば「一番困るのは司法書士ではないか」というわけだ。

「不動産IDを付してさまざまな情報を統合していくという方向性について、とくに反対するというような姿勢は持っていませんよ」。里村美喜夫・日本司法書士会連合会副会長に確認すると、そんな答えが返ってきた。

「売り主・買い主の双方が確認・納得して登記手続きを行えるようになるには少し時間がかかるのではないか」とは予想しているが、司法書士にとっても本人申請による移転登記手続きの増加は歓迎するかもしれない。なぜなら2024年度から「相続登記」の義務化が始まるからだ。

相続登記では、相続人間の調整が必要な場合、相続放棄が必要な場合、遺言があった場合など弁護士や司法書士など、法律専門家の関与が必要となるさまざまなケースが想定される。「家庭裁判所での調停手続きなど『大事になる前に』解決するためのツールも開発する必要がある」と里村氏は指摘する。司法書士の多くは相続登記への対応に追われ、売買に伴う移転登記手続きを効率化せざるをえない可能性もある。

「不動産IDの導入・活用がなかなか進まないのはなぜか。その原因や犯人探しをしても意味はないと思いますよ」。長年、不動産市場のIT化に取り組んできたライフルの井上氏はそう指摘する。

確かに不動産市場に関わるさまざまな関係者の思惑が交錯して、なかなか前に進まないのが実情で、原因や犯人を追及したところで問題解決は難しいかもしれない。とは言え、いつまでも「山頂なき山登り」を続けたところで、不動産業のDXは進まないだろう。

はたして「架空の物語」が5年後、10年後にどこまで実現するか。それともまったく別の未来が待っているのか。筆者としては、巨大企業が参入して不動産市場を支配する既存業界にとっては悲観的なシナリオも想像するのだが……。

千葉 利宏 ジャーナリスト

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ちば・としひろ / Toshihiro Chiba

1958年北海道札幌市生まれ。新聞社を経て2001年からフリー。日本不動産ジャーナリスト会議代表幹事。著書に『実家のたたみ方』(翔泳社)など。

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