(第28回)「失われた15年」で拡大した所得格差


 これは、生存に必要な水準以下には所得を減らせないためだ。たとえば、100万円未満の世帯所得を100万円減らすわけにはいかない。100万~200万円でも100万は減らせないだろう。

生活保護や最低賃金のレベルである年間150万円程度が世帯所得の一応の下限であり、これより世帯所得を下げるのは困難である。したがって、所得が低下していく場合、このあたりの水準が下限になり、そこから300万円程度までの所得水準において「底だまり」または「吹きだまり」とでも呼べる現象が発生することになる。

実体面では、それまでは正規労働者によって担当されていた仕事が非正規労働者に変わることによって、こうした現象が生じるのであろう。

高度成長期の日本は、しばしば「一億総中間階層社会」とか「平等社会」と言われた。もっとも、これは不正確な言い方で、所得格差は存在していたのである。ただし、すべての階層の所得がほぼ比例的に上昇したので、格差が拡大することはなかったのだ。

それが、90年代の後半以降に変わった。ここで見たように、底辺所得世帯が増える反面で、高額所得世帯はあまり影響を受けなかった。つまり、二極分化が進み、格差が拡大したわけだ。こうなった背景が、外需依存のための新興国との競争である。競争のために低賃金労働が必要となり、他方で企業利益は増加したのだ。

これまでの日本社会に存在した階層間の安定性は破壊され、貧しくなった低賃金・低所得階層と、あまり影響を受けなかった上流階層に分解したと言えよう。

このような日本社会の変化は、消費動向、資産保有動向などにも大きな影響を与えた。自動車保有比率の低下なども、これによってもたらされた可能性がある。

■関連データへのリンク
厚生労働省「国民生活基礎調査」2007年データ
ジニ係数
総務省「全国消費実態調査」2009年データ



野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授■1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省(現財務省)入省。72年米イェール大学経済学博士号取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より現職。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書は『金融危機の本質は何か』、『「超」整理法』、『1940体制』など多数。


(週刊東洋経済2010年8月28日号 写真:尾形文繁)
※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
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