新興国との競合による価格平準化
ここで注意すべきは、製品が実際に日本国内に輸入されなくとも、国際市場で競合が生じれば、価格の平準化は起きることである。たとえば日本製テレビと韓国製テレビが国際市場で競合すれば、日本製テレビの価格は、韓国製テレビの価格にサヤ寄せされて下落する。そして日本の国内価格と輸出価格が大きく乖離することはないので、国内の価格も下落する。つまり、新興国製品が日本国内で使われなくとも、工業製品の日本国内価格は下落するのだ。
この結果、日本の製造業は、高度成長期に享受していた超過利潤を失った。そして製造業からサービス産業への労働力の移動が進んだ。
90年代以降に生じた現象は、それまで日本と欧米諸国(特にアメリカ)の間で生じていたことと基本的には同じものだ。日本と欧米諸国との関係が、日本とアジア新興国の間の関係に変わったのである。90年代後半に中国製品の世界市場への進出が顕著になるにつれて、日本の製造業が受ける影響は深刻化した。
80年代までの期間においては、日本の攻勢を受けた欧米諸国(特にアメリカとイギリス)は、脱工業化を果たして製造業の比率を低めた。それに対して、90年代以降新興国からの低価格製品の攻勢を受けた日本は、産業構造を変えようとはせず、むしろ、それと競合する方向を選んだのである。
そのための手段が、これまで述べてきた金融政策と為替政策だ。実質為替レートを円安方向に操作し、それによって低賃金国からの輸出品との間の価格競争力の劣勢を挽回しようとしたのである。しかし、エレクトロニクスの面では、それによっても日本の後退を食い止めることができなかった。一方、自動車産業においては、アジア新興国で産業化できたのは韓国しかなかった。その一方で、日本の自動車メーカーは、為替レートの恩恵は他産業と同じように享受することができた。このため、日本の自動車メーカーが欧米諸国のメーカーに比べて競争上著しく優位な立場に立ったのである。
■関連データへのリンク
・総務省「消費者物価指数」品目別価格指数
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授■1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省(現財務省)入省。72年米イェール大学経済学博士号取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より現職。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書は『金融危機の本質は何か』、『「超」整理法』、『1940体制』など多数。
(週刊東洋経済2010年8月14日号 写真:今井康一)
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