意外とわびしかった「紫式部」「和泉式部」のお正月 古典からわかる貴族レディース「悲喜こもごも」

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北の方もきっと、その状況を見るのがつらかっただろう。旦那の浮気相手が家に上がり込んできているし、噂が広まるし、もうたまらない。やっぱり、原則として、誰かと共有している関係は、フェアではないと感じていたに違いない。しかも、その相手の女もまた、凄腕歌人、魔性の女、絶世の美女として世にははなはだ名高い人。自分は出る幕がないじゃん。

『和泉式部日記』の特徴の1つは和歌が非常に多いということだ。女と宮が一緒にいても和歌を詠み合い、遠く離れても和歌に気持ちを託して相手に届ける。しかし、運命の針が動き出した12月18日を境に、和歌がピタリと終わる。

昔の人にとって和歌は心の窓、心情を伝えるために最も手っ取り早い方法だった。だからこそ、いじめられて、苦しめられた和泉式部はここへ来て塞ぎ込み、和歌を詠むのをやめる。そして、散文だけになった語りは、日記でも物語でもなく、まるで現代小説のようなものになっていく。登場人物たちの心理が異彩を放ち、独特な感性が行間から読み取られる。

まったく……新年早々心の寂しさが満ち潮のように、ゆっくりと押し寄せてくる。

超多忙「紫式部」のお正月

数年後に、同じ時期、正確には師走の29日、別の豪華な屋敷にて。

しばらく実家に帰っていた紫式部は職場である後宮に戻ってきた。12月の末から1月中旬にかけて、儀式やイベントが相次ぎ、これからのスケジュールがパンパン。お祝い事といったら聞こえはいいが、宴会は嫌なことも少なくない。

酔っ払った男たちが絡んでくるし、急に和歌を詠んでみてと言われるし、『源氏物語』の続きを教えてよぉ、とよくつきまとわれる。パーティーガールではない式部にとって楽しいというより、正直面倒くさい。

しかも、戻ってきたものの、中宮にも会えずしょんぼり。

夜いたうふけにけり。御物忌みにおはしましければ、御前にもまゐらず、心ぼそくてうち臥したるに、前なる人々の、「うちわたりは、猶いとけはひ異なりけり。里にては、いまは寝なましものを。さもいざとき履のしげきかな」と、色めかしくいひゐたるを聞く。
年暮れてわがよふけゆく風の音に心のうちのすさまじきかな
とぞ独りごたれし。
【イザ流圧倒的訳】
夜もだいぶ深まってしまった。中宮様は物忌みなので、挨拶にもいけない。心細く横になっていると、前にいる女房達たちが「宮中はやはり違うわね~。自分のお家だったら、今ごろじゃみんな寝ているじゃない?こっちにいたらさ、寝付けやしないほど殿方の靴の音がひっきりなしに聞こえてくるもの!」といやらしく話しているのを聞こえる。
年が暮れて、また一つ老けてしまった。吹きすさぶ風の音を聞けば、心の中は寒々としているよ……と独り言のように呟いた。
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