意外とわびしかった「紫式部」「和泉式部」のお正月 古典からわかる貴族レディース「悲喜こもごも」

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この時点での紫式部はまだ仕事に慣れておらず、悩み事も多い。趣味として書き始めた『源氏物語』が人気沸騰中で、その噂を聞きつけた藤原道長が彼女の文才を買い、娘の彰子の家庭教師として抜擢した。とはいえ、周りにはピチピチの女たちばかりで、場違いの自分を憐れむ。

大晦日が近づいているので、後宮はなお一層華やかだ。男どもは好きな女性の愛撫を求めて、行き来し、その浮かれた足取りの音が暗闇の中に響き渡る。耳をそばたてる女たちは、その靴が向かう先を想像しながら、いつか自分も愛されることを信じて、胸をときめかす。

冬の夜は特に、遠い音がよく聞こえる。そのせいか、紫式部は女房たちの楽しいしゃべりや男たちの通り過ぎる足音より、屋敷の外で吹き募る冷たい風の方が気になる。

「わがよふけゆく」は、夜更けと我が身の衰えが掛詞になっており、おまけに年の暮れという文脈で詠まれている歌なので、時間の経過が強く意識されていることが明らかである。夜が更ける時間と自分自身が老けていく時間は大して変わらない、あっという間だ。そして、目に見えない風の音が、過ぎていく人生の一刻、一刻を刻んでいる。

紫式部の心中は荒涼としている。

ところが、この歌が誕生したのは、あの不朽の名作、『源氏物語』を執筆中で、まだ30代に差し掛かった頃だったと知ると、複雑な気持ちになる。な〜んだ、人生はこれからだ、とエールを送ってあげたいものだ。

紫式部が仕えていた彰子のライバル登場

また少しだけ時間を巻き戻して、今度は登華殿のなかをのぞいてみる。

そこには紫式部が仕えていた彰子のライバルであり、従姉妹でもある定子が住んでいたらしい。

奥ゆかしくて控えめな彰子と違って、定子は華やかで、明朗快活な性格の持ち主だった。そして、彼女が主宰していた文化サロンに出入りする女房たちもみんな、優れた才能と美しい容姿の両方を持つ社交界の強者ばかり。その周りは普段から明るい雰囲気だったと思われるが、お正月となるとなお賑やかだっただろう。

イベントの準備に取り掛かる女たちの会話が弾み、物音と笑い声があちらこちらから漏れてくる。みんながてきぱきと働いているが、そうしたなか1人の華奢な女性が一瞬だけ立ち尽くす。彼女は降ろされた簾の隙間から外に視線を投げて、いつまでも広がる澄んだ空の美しさに見とれている。

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