斬新なアイデアを考えては「コケる」人の盲点 クリエイティブディレクターの課題解決術

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私が手がけた、サントリー「角ハイボール」の例で説明しましょう。

サントリーと我々は、当時誰も飲んでいなかった「ハイボール」を世に広めたいと考えていました。「とりあえずビール」の世界を「とりあえずハイボール」の世界へ変える未来を描いていました。でも、だからと言ってウイスキーを、ビールのような広告や売り方にしようとは決して考えませんでした。

ハイボールは、ウイスキーから作るカクテルなので、コミュニケーションにどこか「湿度」、しっとりした印象を持たせるようにしたのです。飲み方としてはソーダで割って「すっきり」「爽やか」「シュッ!」となるわけですが、清涼飲料水とはちょっと違う。ビールや酎ハイとも違う。ウイスキーから作ったハイボールは、どこかで「湿度」を残しておくことがコミュニケーションでは重要だと考えたからです。

当時、世の中のトレンドとしては、カジュアルでライトな「スカッ!」「シュッ!」という空気感が受けていたのですが、完全にそっちへシフトすることは得策ではありません。ウイスキーの世界に爽やかさを取り入れるという新しい試みをするにしても、どこかでやっぱりウイスキーの湿度というか、ウエットな感じ、文化の香りとも言うべきものを大切にすることにしたのです。

ビジネスの課題解決策を考えるうえで、新しいことを取り入れることは大事です。しかし、ベースとなる部分と地続きにしておく必要もあります。ベースの部分と重なっておらず、他の「飛び地」に行ってしまうと、やはり無理が生じ、消費者からも「無理をしている」「嘘をついている」と見透かされ、信用されなくなります。

変えないことのほうが実は難しい

ビジネスの課題を解決するときには、何かを変える必要があることが多いのですが、注意をしなければいけないのは、変わることが目的になってしまうことです。実は変えること、新しいことを試すほうが簡単だったりします。

「我が社にはこれがない。競合にはある。良さそうだし面白そうだから我が社でも変えよう」という話をするのは簡単です。また、変えると何かを「やった」感もあります。でも本当に大事なのは、現状の磨き込みだと思います。ガラッと変えるのではなく、ベースを大事にしつつ、新しい要素を取り入れて磨き込んでいくほうが、実は大変です。老舗の鰻屋が、少しずつ秘伝のタレを改良して味を良くしていくような感じです。今の時代に合わせながら新しいものをトッピングしていったりしてアップデートしていく。

どんぶりメシでたとえると、流行りのパクチーだの飛子だのはいろいろ入れてもいいけれど、下にあるお米は変えない。コシヒカリからササニシキに変えたり、脱穀米にしてみたり、というチャレンジはあっても、お米であることは変えない。トリュフを乗っけてみたりするのはいいけど、いきなりラーメンや蕎麦になったりはしない。これが大事だと思います。

「飛び地」に行ったり、安易に現状を変えてしまうことは、課題の解決につながらないばかりか、本当に大切な土台を壊すことにもなりかねないのです。

齋藤 太郎 コミュニケーション・デザイナー/クリエイティブディレクター

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さいとう たろう / Taro Saito

慶應義塾大学SFC卒。電通入社後、10年の勤務を経て、2005年に「文化と価値の創造」を生業とする会社dofを設立。企業スローガンは「なんとかする会社。」。ナショナルクライアントからスタートアップ企業まで、経営戦略、事業戦略、製品・サービス開発、マーケティング戦略立案、メディアプランニング、クリエイティブの最終アウトプットに至るまで、川上から川下まで「課題解決」を主眼とした提案を得意とする。サントリー「角ハイボール」のブランディングには立ち上げから携わり現在15年目を迎える。

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