双子パンダ1月公開「日中ラジオ流し準備」の理由 過去には公開時に興奮して逃げ出したパンダも

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双子の公開場所は当面、屋内だ。東園にいるシャンシャンの公開も屋内からだった。東園パンダ舎の屋内施設は、パンダと観覧通路をガラスで隔てており、ガラスの外側(観覧通路側)にシャッターが付いている。

シャッターが下りたら、パンダがいる室内は、観覧者からまったく見えない(西園パンダ舎の公開用の屋内施設にはシャッターがないこともあって、入口に扉を付けた)。シャンシャンの公開前は、休園日や開園前にシャッターを開閉して、シャンシャンが観覧に慣れるための訓練をした。

今後は年末年始4日間の休園日があるため、職員が観覧者の役になって「リハーサル」をしながら、双子を観覧に慣れさせることもあるかもしれない。

西園パンダ舎に取り付けた扉や、東園パンダ舎のシャッターは、パンダに異変が生じた時に、観覧者の目からパンダを素早く隠す役割もある。

フラッシュと多くの人に興奮

日本で初めて無事に生まれ育ったパンダのトントン(童童)は、上野動物園で1986年6月1日に生まれ、同年12月15日に屋外でお披露目(関係者向けの特別公開)された。だが、『ジャイアントパンダの飼育 : 上野動物園における20年の記録』(東京動物園協会、1995年5月)によると、フラッシュと初めて見る多くの人に興奮して逃げ出し、木に登ったそうだ。

翌日の12月16日から始まった一般公開では、屋内施設のシャッターを3枚開けて、産室とその隣室、屋内公開エリアの間を自由に行き来できるようにした。するとトントンは、一度も屋内公開エリアに出なかった。

12月17日は午後2時22分から母親のホァンホァン(歓歓)と一緒に屋内公開エリアへ出たが、トントンが次第に興奮。つられてホァンホァンも興奮して、産室に戻ろうとするトントンを引きずり回すようになったので、午後3時5分にシャッターを下ろして公開を中止した。

トントンは誕生直後、人の手をあまり介さずに育った。職員が初めてトントンを肉眼で見たのは1986年6月14日(13日齢)だ。このため人に慣れていなかった可能性があり、シャンシャン、シャオシャオ、レイレイと一概に比較できないが、この3頭の公開初期における観覧者数の制限や公開時間の短さ、扉の設置などは、過去の教訓も踏まえ、母子の健康を考慮した対応だ。

双子の公開初日は、シャンシャンの時のように、公開記念グッズが園内でたくさん発売されるだろう(参照:『可愛くない「ピンクのパンダ」ヒットした裏側』)。もし双子を観覧できなくても、グッズの購入などで楽しみつつ、成長を見守っていきたい。

中川 美帆 パンダジャーナリスト

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なかがわ みほ / Miho Nakagawa

福岡県生まれ、早稲田大学教育学部卒。毎日新聞出版「週刊エコノミスト」などの記者を経て、ジャイアントパンダに関わる各分野の専門家に取材している。訪れたパンダの飼育地は、日本(4カ所)、中国本土(11カ所)、香港、マカオ、台湾、韓国、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、カナダ(2カ所)、アメリカ(4カ所)、メキシコ、ベルギー、スペイン、オーストリア、ドイツ、フランス、オランダ、イギリス、フィンランド、デンマーク、ロシア。近著『パンダワールド We love PANDA』(大和書房)

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