なぜアラブ諸国では「国家分裂」が続くのか

100年前に英仏が引いた国境線が限界に

イラクとシリアで中央政府が事実上崩壊し、まったく新しい組織「イスラム国」が台頭した。その残虐な行為とイスラム教イデオロギーは、従来の国境線が退場の時期を迎えたことを、はっきりと示している。「イスラム国」の最近のレバノン侵攻により、レバノン国内の勢力均衡が不安定さを増しているようだ。

スーダンは、英国が1890年代に作り上げ、広大な国土と多民族・多宗教を抱えるが、紛争が続いている。凄惨な内戦が長年続いた揚げ句、2011年に南スーダンが独立し、キリスト教徒とアニミズムを信仰する人々がアラブ・イスラム教のくびきから解放された。しかし、スーダン西部のダルフールは流血が絶えず、南スーダンは安定した国家には程遠い。

リビアも分裂の道をたどっている。第1次世界大戦直前に、イタリアがオスマン帝国からトリポリタニアとキレナイカの2地域を奪い取り、両地域には歴史的にも文化的にも根深い違いがあるのに、無理やり統一体「リビア」を作り上げた。2011年にカダフィ大佐が死去して以降、一貫した国家体制を確立できず、6人の首相が交代した。西洋諸国は、民主的選挙によって選ばれた統一政府を確立する必要があると訴えるが、まったく見当違いに響く。

多数決政治=イスラム教による支配

例外が1つある。エジプトだ。国内にさまざまな問題を抱えているにもかかわらず、歴史と国民の意識に深く根差した、一貫性ある統一体だ。

にもかかわらず、中東地域特有の構図はエジプトにも当てはまる。世俗主義は、西洋諸国では、啓蒙運動に裏打ちされたリベラルで民主的な勢力の台頭を受けて起こったのに対し、イスラム教の盛んな中東では、世俗主義を押し付けたのは独裁的支配者だった。この構図がわかると、なぜシリアではキリスト教徒やイスラム教少数派のドルーズ派がアサド政権を支持し、なぜエジプトではコプト派キリスト教徒が軍事政権を支持するのか、理解できる。彼ら少数派にとって、民主的な多数決主義による支配は、イスラム教徒による支配とイコールなのだ。

もし西洋が、中東に今後誕生するのは必然的に欧州型の国民国家であるはずだ、と考えているとすれば、それはうぬぼれにすぎない。

週刊東洋経済2014年9月13日号

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