あのプーチンを脅かす露「反体制カリスマ」の正体 クレムリンは「現政治体制に対する危機」と認識
しかし、ナワリヌイは、ジューコフのような若い世代ともちがう。彼らはときにもっと過激な手法を推す。親クレムリンのメディアは、ウクライナのマイダン革命をロシアに持ち込もうとしているといってナワリヌイを非難することが多い。2021年、プーチン自身も、親ナワリヌイの抗議活動をロシア革命になぞらえ、企画者は「テロリスト」であると断じている。
こうした非難を念頭に置いて、ナワリヌイはジューコフの問いに答えたのだ。「私は現実的だ。道路封鎖を呼びかけはじめたら、全国の事務所にいる職員たちはただちに逮捕される。そうなるのはわかっている」。抗議集会への参加者を増やすこと、そして、体制側への圧力を強めることが目的なのだ。ただし、憲法の定める範囲内で、だ。
ナワリヌイが内心では人々にバリケードをつくらせることを願っていたのかどうか、私たちにはわからない。だが、彼の言動はそれを否定している。つまり、ナワリヌイは自分を革命家ではなく、妥協なき現実主義者だと考えているのだが、そこにも落とし穴がある。
ほかの政党にあってナワリヌイの組織にないもの
ナワリヌイとそのチームは、政治組織としてのFBKと全国の事務所網をつくり上げてきた。彼らは資源を集め、人材を集め、運動を指揮した。
しかし、ほかの政党にあるのに、彼らにないものが1つある。ヒラの支持者が上層部の意思決定に影響を及ぼす仕組みだ。その点が強権的だと、ほかのリベラル派の政治家やジャーナリストだけでなく、ナワリヌイの運動を推進している活動家からも非難されてきた。
ナワリヌイの組織はトップダウンで回るが、活動家のアイデアや不満が無視されるわけではない。リーダーたちにとっても、活動家が現場で経験することに耳を傾けるのはとても大切だ。しかし、上層部の意思決定に下から影響を与える正式なルートがない。当然、トップの人々を選んだり、交代させたりする方法もない。
活動家たちもいっているとおり、現在の圧制的な政治環境では、ネットワーク全体に素早く決定事項を徹底させることは大きな利点となる。しかし、非民主的な仕組みを変えずにいれば、チームが目指してきたことと明らかに矛盾する。どこから見ても現代的で民主的な仕組みをロシアにつくるのではなかったのか。
この強権主義と民主主義の組み合わせのせいか、ナワリヌイはポピュリストだと思われる可能性もある。実際、ある程度そうだと思われている。
ポピュリストは知的エリート層に敵対し、専門家の意見を疑う。しかし、ナワリヌイのプラットフォームに、この傾向はまったく見られない。ナワリヌイは知識人を自称していないが、西側の多くのポピュリストとはちがい、専門家の意見を重要視しているように思われる。その点がナワリヌイと西側のポピュリスト運動との大きなちがいである。
それでも、反体制派の政治家という点ではお手本のような存在だ。政治エリートの汚職や強欲を容赦なく批判し、単純化を駆使して攻撃することもある。その点では、西側の人々にとっては自国のポピュリストを思わせる。さて、ナワリヌイはポピュリストなのだろうか。