日本人の胸打つ「忠臣蔵」討ち入り支えた禁断食材 元禄15年12月14日に赤穂浪士が吉良邸を襲撃

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やがて幕末になると、井伊直弼が彦根藩の藩主となる。

直弼はもともと嫡子ではなく、井伊家の菩提寺で育ったことから敬虔な仏教徒だった。綱吉以上に生類への憐れみが強く、藩主になると彦根城の北にある内湖(くらうみ)に放生池を拡張すると毎年、魚を放流しては、漁は無論のこと、藻取りや泥掻きも禁止した。藻や泥は畑の肥料になる。だが、直弼は番人を置いて密漁すら許さなかった。

さらには領内での牛の屠畜も禁止してしまう。すると当然、将軍家への牛肉の献上も止まってしまう。

使者を送って牛肉をせがんだ徳川斉昭

ところがそれで困ったのが、水戸藩の徳川斉昭だった。徳川慶喜の実父である。斉昭はお裾分けにあやかる彦野の牛肉が大好きだった。毎年、冬になると楽しみにしていた牛肉が、突如として届かなくなる。斉昭は直弼に督促の使者を送った。そこで彦根領内の屠畜の禁止を知らされる。

それでもどうしても牛肉を食べたい斉昭は再び使者を送り、自分のためだけにも牛肉を加工しておくってほしい旨を伝えた。だが、直弼は頑として断る。ここから2人の不仲がはじまったことが、『水戸藩党争始末』に記されている。

これが安政の大獄、やがて桜田門外の変につながっていった可能性も否定できない。そのことは、以前にも書いた(「桜田門外の変」で食べ物の恨みは怖いと思う訳)。

彦根の牛肉で滋養強壮を付けての吉良家討ち入り。彦根の牛肉で恨みをかっての水戸浪士たちの決起。江戸時代の集団襲撃事件には不思議なことに牛肉が絡んでいる。

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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