これは、80年代以降、アメリカの産業構造が大きく変化したからだ。すなわち、製造業の比率が低下し、それに変わって、金融業、IT産業など、貿易からは大きな影響を受けない産業が経済をリードするようになったのである。自動車産業は、もはやアメリカ経済にとって必要不可欠な産業ではなくなっていた。
アメリカの自動車産業に関する以上の変遷を見ると、いくつかの点が指摘できる。
第一に、冒頭で紹介したウィルソンの言葉は、正しくない。つまり、「ある産業にとってよいことは、国全体にとっては、必ずしもよいこととは言えない」のだ。考えてみれば当然のことだが、その産業が最盛期にあるときには、なかなかそれが意識できないのである。
第二に、産業が政府支援を求めるようになるのは、その産業が独力では立ち行かなくなってからである。つまり、衰退過程に入ったことの証拠である。そして、政府支援を正当化する理由として、「その産業によいことは国全体にとっても望ましいことだ」と主張される。
第三に、政府がいかに救済努力をしても、結局は市場の大きな力に逆らうことはできない。GMやクライスラーに対するアメリカ政府の支援にもかかわらず、これらの企業は2009年に経営破綻した。
自動車産業が経済政策に影響を及ぼすようになったのは、むしろ日本において生じたことだ。そして、その過程は、アメリカで生じたことをほぼそのままの形でなぞっている。 さらに2000年代になってからは、日本の円安介入は拡大した。そして、経済危機後の09年には、購入支援策による直接の支援が行われるようになった。
日本の製造業は、これまで直接的な形で政府援助に頼ることはなかった。今回それが行われたことは、日本の製造業、特に自動車産業の未来を暗示する出来事のように思われるのである。
【関連データへのリンク】
・OECD諸国のガソリン1リットル当たりの価格と税
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授■1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省(現財務省)入省。72年米イェール大学経済学博士号取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より現職。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書は『金融危機の本質は何か』、『「超」整理法』、『1940体制』など多数。
(週刊東洋経済2010年7月17日号 写真:今井康一)
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