(第23回)米自動車産業の経験は日本に何を教えるか?


 同社は78年にリー・アイアコッカをフォードから会長に迎えて経営改革を推進した。79年には、政府から融資保証を受けるための「クライスラー社融資保証法」が議会で成立した。しかし、80年度には創業以来最大の赤字を計上するに至った。

80年代には、クライスラーに限らず、自動車産業全般に対する援助が行われるようになった。最初は輸出の自主規制が、85年には「プラザ合意」が行われた。これは、9月のG5(先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議)においてなされた為替レート安定化に関する合意である。各国が外国為替市場で協調介入を行うことによってドル高を是正し、円高、マルク高を実現しようとするものだ。

この背景には、80年代前半に日本などからの輸出の急増でアメリカの経常赤字が拡大したことがある。特に自動車産業では、日本車の進出の影響で失業率が高まっていた。当時のアメリカは、貿易赤字だけでなく財政赤字も抱え、「双子の赤字」に苦しむ状況にあった。

プラザ合意の発表翌日には、24時間でレートが1ドル=235円から約20円も下落するという大きな変化が生じた。85年末には200円を切り、88年初には120円台まで円高ドル安が進んだ。しかし、それによっても、アメリカの自動車会社の状況は好転しなかったのである。

このように、アメリカ自動車産業は、80年代までのアメリカの経済政策に多大の影響を与えてきた。

政府支援は衰退産業になった証拠

ところが、90年代の後半以降に日本が円安政策を実施し、それを通じて輸出を増大させていったとき、アメリカはこれを問題視してプラザ合意のときのような政策を発動させようとはしなかった。自動車産業の政治力は、80年代に比べれば、明らかに低下したのである。

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