コロナ禍で看護師を目指す人が増えた英国の事情 簡易な防護服、汚染白衣は自宅で洗濯…なのに

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英国のコロナに対応する医療従事者の過酷さは、想像を絶するものだ。
国から出された「PPE(個人防護具)指針」は、PCR検査室やコロナ病棟、救急外来でさえ、半袖、ノースリーブの使い捨てエプロンと、手首までの手袋のみ。マスクはN95ではなく、一般的なサージカルマスクだ。

長袖のガウンと高機能医療用マスクの使用が許されるのは、エアロゾル処置に限られる。当時のマット・ハンコック保健相は、ニュースで「医療従事者はPPEを過度に使用しないこと!」と訴えていたほどで、これを順守しなければ、たちまち上司から怒られた。

ほかの先進国では考えられないようなPPEで、看護師はもちろん、トップの医師でさえも患者の身体に触れなければならない。むき出しになった腕に、マスクをしていないコロナ患者から至近距離で咳をされ、飛沫を浴びることなど、日常茶飯事だ。

何より、コロナ患者と接触をしたあとの汚染された白衣は、自宅に持ち帰って自分で洗濯をする。ごていねいに国からは、「コロナ病棟で汚染された白衣の洗濯指針」まで出され、各病院はスタッフに自宅での洗濯法と注意点の「指導」をした。

こうした国の指針に、英国での医療のほとんどを担うNHS(国営保健サービス)病院は従った。つまり、英国中のコロナに携わる医療従事者は、このような過酷な状況に置かれていたのだ。

そんな現場に送られてきたのが、看護学生だ。先に紹介したPPEで、マスクをしていないコロナ患者の食事や清拭の介助、シーツ交換などをこなした。「看護学生の動員」とされたが、実際は看護学生には有償実習を拒否する権利も与えられている。しかし、彼らには拒否をしたくてもできない理由があった。

英国の看護学生は、在学中に2300時間の看護実習をこなすことが義務付けられていて、これを下回ると卒業できない。これはコロナ禍でも例外ではなかった。

実習を拒否すれば規定の実習時間を満たすまで、不定期に卒業は遅れる。しかもその間、授業料は請求され続ける。「私たちにそんな経済的余裕はない。実習を拒否したくてもできない」と、コロナ病棟に派遣された看護学生は異口同音にこぼしていた。

感染防止のために家族と一緒に住めなくなったり、シェアハウスの契約を更新してもらえなかったりした学生もいて、看護学生をヒーロー扱いするニュースと実際の彼らの本音には大きな隔たりがあった。

医療従事者にもコロナ感染による死者が出た。2021年8月時点で、1561人の医療、福祉従事者のコロナ感染による死亡が確認されている。コロナ病棟の看護学生がコロナに感染して死亡したケースも報道された。それでも看護学生のコロナ病棟の実習が中止されることはなかった。

そんななか、英国中の国民を驚かせるニュースが流れた。2021年2月、英国の大学の受験者の出願状況が出されたころ、なんと全国的に大学看護学部の出願が前年度より32%ほど増加していたのだ。

英国の看護師不足を象徴するかのように、前年度までの看護学部は定員割れで、各大学は学生集めに苦しんでいた。だから、この過酷なコロナ医療の真っ最中の時期の出願増加には、誰もが驚いた。

これはどういうことだろうか――。非常に興味深いデータが報道で示されている。社会人の出願率が特に増加していて、これはコロナ不況と大きく関係があるのではないか、というのだ。

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