「新自由主義の生命力」が日本で根強すぎる理由 「右派」も「左派」もきちんと批判する論理がない

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いわゆる戦後教育にはもちろんいろいろ問題はありますが、それでもそれが出発したころは、現場の教員たちには、これから自分たちが新しい日本を作っていくのだという熱い思いがあふれていました。だから、自分たちでいろいろ考えて新しいカリキュラムを作ったりして、まさに自ら目標を設定するという、主体的な取り組みを行っていました。

古川 雄嗣(ふるかわ ゆうじ)/教育学者、北海道教育大学旭川校准教授。1978年三重県生まれ。京都大学文学部および教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。専門は、教育哲学、道徳教育。著書に『偶然と運命――九鬼周造の倫理学』(ナカニシヤ出版、2015年)、『大人の道徳 西洋近代思想を問い直す』(東洋経済新報社、2018年)、共編に『反「大学改革」論――若手からの問題提起』(ナカニシヤ出版、2017年)がある(写真:古川雄嗣)

しかし、残念ながらこれを徹底的に潰してきたのが自民党なのです。いわゆる55年体制が成立して以降、文部省が告示する学習指導要領に法的拘束力が付与されて、要するに現場は自分たちで目標を考えるのではなく、国が与えるミッションに従って、それを効率的に達成するプランだけを考えよ、ということになってしまった。

中野:上から降ってきたミッションを達成するために、数値目標を掲げてプランを遂行するというのは、マックス・ウェーバーの言う官僚制の典型です。

柴山:教育現場まで官僚化しているということですね。

古川:それに関連して、私は「PDCAサイクルは『合理的』であるか」という大学改革批判の論文を書いたことがあります(『反「大学改革」論―若手からの問題提起』ナカニシヤ出版、2017年)。

PDCAサイクルというのは、Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)の4段階をサイクル状に回転させ続けるマネジメントシステムです。まさに「目標(ミッション)」は上から降ってきて、現場はそれを効率的に達成するための「計画」だけをひたすら追求するという、典型的なトップダウン型の経営管理です。これが今日の教育改革や大学改革の方法としても強制されているのです。

ところが、このPDCAサイクルの提唱者とされているアメリカのデミングという経営学者の経営管理論をみてみると、彼自身が唱えていたPDCAサイクルは、むしろまったく正反対のものだったことがわかります。

たとえば、デミングは1980年代に日本の企業経営の成功要因を分析し、それをもとにアメリカの経営改革を提言する論文を書いているのですが、それをみると「社員への達成目標や数値目標の割当を廃止せよ」「年次の業績評価や人事考課を廃止せよ」といったことが書いてある。

今の日本の政府や企業がPDCAサイクルの名のもとに導入しているものを、デミングはむしろ「廃止せよ」と言っているのです。そういうトップダウンの経営管理は、労働者の誇りやモチベーションを奪ってしまうから、そんなことはやってはダメだ、むしろ生産性が下がってしまう、と。

近代主義の本質とは

『変異する資本主義』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトへジャンプします)

佐藤:近代、ないし近代主義の本質は、合理性に基づく効率の追求です。これにこだわるかぎり、トップダウンが一番いいという話になる。ところがトップダウンを続けていると、組織内での議論がなくなってしまう。人々の自主性が失われるせいで、しばしば効率まで損なわれます。近代主義者たちはこのパラドックスがわかっていない。

中野:近代主義を推し進めていけば、自分たちの足元が崩れ、自滅してしまうということですね。そのことを理解せずに近代主義を推進しているのが改革派であり、近代主義を食い止めようとするのが保守派です。その意味で、岸田総理がやろうとしていることはまさに保守的な政策であり、実は、非常にチャレンジングなことだと評すべきではないでしょうか。

(構成:中村友哉)

「令和の新教養」研究会
「れいわのしんきょうよう」けんきゅうかい

この複雑で不安定な世界を正しく理解するためには、状況を多面的に観察し、幅広く議論し、そして通俗観念を批判することで、確かな思想を鍛え上げなければなりません。内外で議論の最先端となっている書籍や論文を基点として、これから世界で起きること、すでに起こっているにもかかわらず日本ではまだ認識が薄いテーマを、気鋭の論客が読み解き、議論する研究会です。コアメンバーは中野剛志(評論家)、佐藤健志(評論家、作家)、施光恒(九州大学大学院教授)、古川雄嗣(北海道教育大学旭川校准教授)の各氏。

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