何かも大久保の思惑どおりにいったかに見えた。だが、政治というものは、次第に変わっていくものである。斉興が死んでもなお、重臣たちの勢力は強く、すぐに斉彬の頃のような革新的な藩政に戻るわけではない。
それでも、性急に結果を求めてしまうのは、いつの時代の若者も同じ。不満を募らせた誠忠組の中には、過激な行動に出ようとする者まで現れる。
大久保としては頭が痛かったことだろう。せっかく久光に近づいたというのに、同志が暴発しては水の泡である。
大久保が仕掛けた危険な賭け
そこで、大久保は大胆な行動に出る。久光の側近を通じて、同志の不穏な動きをわざと知らせて、こんなメッセージを送ったのだ。
「もはやこのうえは、藩主直々のお言葉をいただく以外、彼らを抑えきれません」
危険な賭けである。もし、久光の不興を買えば、処罰されてもおかしくはない。下手をしたら、大久保は「仲間を売った」と同志から責められる可能性もある。
慎重なはずの大久保は、焦りのあまりに暴走してしまったのだろうか。いや、そうではない。大久保は久光の状況もよく考えたうえで、勝負に出たのである。
久光はこれから権力を握る存在ではあるが、父亡き今もまだ、藩政を動かすほどの実権を握ることはできておらず、直属となる組織も持っていない。下級藩士たちを手なづけて、実行部隊にすることのメリットは大きいはず。また、薩摩藩内で騒ぎが起きれば、幕府からの締め付けも強くなってしまう。
そんな状況を踏まえたならば、久光は血気盛んな若者集団を押さえつけるのではなく、うまく利用する方向に動くに違いない……大久保はそう読んでいたのである。
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