指示命令ない組織を夢見る人に知ってほしい現実 ティール組織への憧れには不都合な真実が見える
多くの経営者たちの心をざわつかせている概念に、ティール組織というものがある。マッキンゼーで10年以上にわたり組織変革に関わったフレデリック・ラルーによる著書『ティール組織』(英治出版)がこの起爆剤となっている。本書は、日本でもビジネス書大賞(2019年)など複数の賞に輝き、10万部を超えるベストセラーとなった。
拙著『リーダーシップ進化論』でも詳しく解説しているが、ティール組織には、マネージャーやリーダーといった役割が存在しない。上司や部下という概念を超越しており、そのため、いわゆる指示命令系統もない。組織メンバーがお互いを信頼し、組織の目的を共有しながら、メンバーは自分で自分のパフォーマンスを管理するのだという。これは決して新しい概念ではなく、ここ最近の20年程度の間、フラットやホラクラシーといった言葉でも繰り返しその可能性が語られてきたものだ。
人間の歴史そのものに疑義が投げかけられている
実はこの概念は「自由と平等が担保された環境で、組織は機能するのか」という、人間にとって、とても根源的な問いにつながっている。事実、ティール組織という概念の流行は、組織が生き残るために、自由と平等が犠牲にされてきた人間の歴史そのものに疑義が投げかけられていることを示すだろう。これほどまでにティール組織という概念が広がっているのは、それだけ、この概念が撃ち抜いている「不都合な真実」が根深いことを意味しているとは言えまいか。
私たちの自由と平等は、それと気づかなくても、日常的に奪われている。自由が奪われるとは、具体的には、選択肢がないということだ。例えば、あなたが日々こなしている仕事の大部分は、あなたがそれをやりたいからやっているわけではない。誰かがそれをやらないと組織が生き残れないから、仕方なくその仕事をやっているのだ(例外はあるだろうが)。ほとんど、選択肢がないのである。もちろん、組織における1票の格差は立場によって全く異なる。平等という概念自体、意識して思い出さないと、それがなんなのか、よくわからなくなっているのが現実だろう。
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