森崎さんは地元の名門・長田高校を卒業後、早稲田大学へ進学。就職した日本盛では、営業や広報を担当した。35年前に長田の街に戻ってきたのは、妻の実家であるタクシー会社「近畿タクシー」を継ぐことが契機となっている。
その後、レトロ調の「ロンドンタクシー」を導入するなど、積極的な経営戦略を展開する。まったく畑が異なる業界へと飛び込み四苦八苦しながらも徐々に数字を伸ばし、タクシー事業への手応えもつかみ始めていた。そんな折に震災で全焼した街をみて、すべての価値観が変わったという。
「震災の前は企業として利益を残すことに重きを置いていた。それがあの日以降、いかに地域に貢献できるかがタクシー会社の使命だと思うようになったんです。タクシー業界では初乗りの概念から営業区域として『2km』で計算するという考えがある。
でも私は、2kmは広すぎると思った。半径500mでようやく目の行き届く範囲じゃないかと。神戸でもよくある光景ですが、ドライバーがみな同じように大きな駅に向かい、列をなす。本来タクシーは地域のための公共交通機関にもかかわらず、それが正しい姿なのか、と。あれから地域のために自分ができることは何なのかを模索し続けています」
福祉施設や介護施設と送迎で年間契約
近畿タクシーは、許認可車両が54車という小さな会社だ。ドライバーの高齢化も進み、現在は流し営業は行っていない。コロナ禍での売り上げを聞くと、約4割減だという。ほかのタクシー会社と同様に経営状態が厳しいことに変わりはなかった。それでも「半径500m営業」に特化したことで、ダメージは比較的少ないと森崎さんはいう。
その理由は年間契約する福祉施設や介護施設、個別に幼稚園などの送迎を請け負っており、そこは従来どおり稼働しているからだ。そういった地域に絞った経営方針が従来のタクシー会社のあるべき姿だ、と力を込める。
「復興に向けて、話し合いや商店街の寄り合いの機会が増えていったんです。その中で話を聞いていくと、商店やお客さんが何を求めているかということが見えてきた。例えば花屋さんは、お盆の時期になるとお墓参りのために需要が増える。
ただ、墓参りの場所までの足がないことに困っている人も多いと。それなら定額料金で行き、戻りから花屋さんへの送迎までパッケージ化して商品化すればいい。ウチでいうところの『お彼岸タクシー』です。
また神戸はスイーツの有名店が多く、それを周りたいという声も目立った。時間はないけど六甲山に行きたいという観光客も多くて、そういった個々の要望を商店街や地元から聞いて、メニュー化してプランを組んだんです。そうするとお客さん、地元の商店、タクシー会社と三方良しになると考えた。
そういった地域との連携を強めることで、紹介で福祉施設や病院などとの連携もおのずと進んでいき、今はそういった契約による収入がメインとなりました」
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