"蛾のサイボーグ"が解き明かす脳の神秘 『サイボーグ昆虫、フェロモンを追う』を読む

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こちらがカイコガ(写真:学研/アフロ)

『サイボーグ昆虫、フェロモンを追う』(神崎亮平著、岩波書店)を読んで、素直に驚いた。こんなことができるのか。こんなおもろい研究があるのか。若い頃に戻れたら、こういう研究をしてみたい。いずれ役にたつ、と書かれているが、そんなことはどうでもいい。純粋におもろい研究だ。  

絹産業の歴史があるので、いまはかなり廃れているとはいえ、カイコガを用いた研究は日本のお家芸だ。産業的な利用だけではない、絹糸の主成分であるフィブロインというタンパクの遺伝子発現や、最近では、性決定のおもしろいメカニズムなど、世界に誇りうる基礎的な研究も多い。

フェロモンはカイコガの研究で発見された

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残念ながら日本人による発見ではないが、フェロモンの存在が最初に示されたのはカイコガである。そして、カイコガのフェロモンは、日本からドイツへと送られたメスのカイコガ50万匹から純化され、化学的構造が決定された。

あの人はフェロモン系だ、とかいうことはあるけれど、幸か不幸か、ヒトにフェロモンはない。フェロモンというのは、異性を誘引する物質であり、カイコガではメスのお尻にあるフェロモン腺で作られる。オスは、空気中に漂う極めて少量のフェロモンを触覚によって感知し、数キロも離れたメスを探索できるという。

探索といっても、カイコガの行動制御そのものは単純である。フェロモンの匂いを感知すると、フェロモンのある方向に進み、感じなくなると、感じるまでジグザグ運動や回転運動をおこなう。そうすることによって、着実にフェロモンの発生源であるメスに近づいていける。

では、どのようにして、フェロモンを感知した脳が、フェロモンに向かわせるように行動を指示するのだろう。それを調べるのが、この本の著者・神崎先生たちのテーマである。アプローチは大きく分けて二つ。カイコガを用いたロボットの作成と、カイコガの脳を詳しく解析して作った電脳である神経回路モデルを用いたシミュレーションだ。

オスのカイコを玉乗りさせて、その玉の動きを光学センサーで感知して、車輪に伝えている。そしてフェロモンに向かわせるという実験を行っている。

玉乗りをさせなくても、直接歩かせればいいのに、と思われるかもしれない。それは素人の浅はかさ。このロボットを利用して、動きにひとひねり加えることができるのだ。

たとえば、右側の車輪を4倍のスピードで動くように制御することが可能だ。そうなると、実際のカイコガの動きよりもロボットは左方向に偏ってしまうことになる。カイコガは、とまどうに違いない。しかし、そんな状況におかれても、ちゃんとフェロモンのある方向に進んでいく。わけのわからないがおこっても、視覚情報を利用して行動を補正する能力がそなわっているのだ。

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