ワクチン接種が行き渡った後に避けられない難題 医療提供体制を拡充できなければ多方面に悪影響

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古瀬氏のシミュレーションでは基本再生産数をデルタ株では5という数字を標準的なものにしている。基本再生産数は、感染対策をしていないときに、感染者1人が何人に感染させるかという数字になる。

しかし、日本では新型コロナウイルスが入ってきたときには、すでにある程度の対策がされていたので、本当に対策をしていないときに、日本の社会でどの程度の感染力があるかについては、はっきりわからない。

例えば、後で詳しく紹介する早稲田大学政治経済学術院の久保田荘准教授が9月7日に発表した「感染と経済の中長期展望」によれば、日本の過去の感染データと整合的なデルタ株の基本再生産数は3.9だと推定している。

もし、日本におけるデルタ株の基本再生産数が5より小さい数であるならば、少し感染対策をするだけで、150日間の累積死者数はかなり下げられる。また、古瀬氏のシミュレーションは、感染状況によって人流変化などの自発的な感染対策がまったく行われないという想定なので、実際よりも感染者数や死者数が多めに計算される。

経済学者のシミュレーション

経済学者からも、ワクチン接種完了後の長期の見通しが提示されている。東京大学の藤井大輔特任講師、眞智恒平氏、仲田泰祐准教授らのチームは、8月31日に「ワクチン接種完了後の世界:コロナ感染と経済の長期見通し」と題した研究結果を発表し、東京都の過去の経済活動、人流、感染状況の関係を標準的な感染モデルで分析して、5年間の予測をしている。

その結果、ワクチン接種率を75%、デルタ株の基本再生産数を5と仮定した場合は、5年間で東京都だけで約9000人の死者が発生する。もし、基本再生産数が4であれば、東京都の5年間の累積死者数は約7000人になる。死者数は、いずれの場合でも緊急事態宣言を何度発出するかには実はあまり影響しない。それは、緊急事態宣言によって感染拡大のペースを遅くすることはできるが、最終的にはワクチン非接種者の間で感染し、その中の一定の比率の方が残念ながら亡くなってしまうからである。

つまり、優れた治療薬の登場を含めた医療提供体制が現状のままであれば、新型コロナによる死者数はワクチン接種率に依存するのであって、緊急事態宣言で感染のペースを遅くすることはできても、総死者数にはあまり影響しないのである。藤井氏らのチームでは、ワクチン接種率が85%のケースも分析しているが、その場合は、5年間の東京都での累積死者数は5000〜6000人程度に減少する。

一方、彼らは緊急事態宣言に伴う経済的損失も示している。緊急事態宣言を1回発出することで約5兆円の損失になり、緊急事態宣言を4回発出すると10兆円にまで損失が拡大する。緊急事態宣言を発出しないですめば3兆円の損失ですむ。

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