ワクチン接種が行き渡った後に避けられない難題 医療提供体制を拡充できなければ多方面に悪影響

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ただし、緊急事態宣言が必要になるほどは重症者が増えることがないのが、他のシミュレーションとの違いである。それは、人々が、感染者数の増加に伴い外出を控えるために、感染者の増加がある程度抑えられるからである。

この分析では、ワクチン接種率が90%に高まれば、感染が収束する可能性を示している。また、久保田氏もワクチン接種が終了した後の緊急事態宣言の意味は、感染の先延ばしにすぎなくて、死亡者数を減らすことには貢献しないということが示されている。

政策の選択肢

3つのシミュレーションの結果をもとにすれば、ワクチン接種が行き渡った後、私たちの政策の選択肢は、極端に言えば、次の2つである。

(1) 医療提供体制を現状のままにして、緊急事態宣言の発出を繰り返す(あるいは自発的な行動抑制を続ける)

(2)医療提供体制を拡充して、緊急事態宣言の発出を最小限にする

どちらの場合でも新型コロナ感染症による累積死者数は大きく変わらない。必要とされる医療提供体制の拡充は永久に必要なものではなく、数年で終わるものである。東京都墨田区で行われたような医療機関の役割分担や連携強化で改善可能なことが多いのではないか。

緊急事態宣言や行動制限によって、新型コロナウイルス感染症による累積死者数を減らすことはできないが、自殺者数を増やし、教育・訓練の質・量の低下により子供や若者の将来所得を低下させてしまう。それなら(2)の政策のほうが望ましいのではないだろうか。

ワクチン接種が終了する前の時点での緊急事態宣言には、感染拡大を遅くすることで、ワクチン接種を間に合わせ、感染によって重症化し、死亡される方を減らす効果がある。しかし、ワクチン接種が終わった後の緊急事態宣言には、この効果は存在しない。

緊急事態宣言による感染拡大を遅くすることで、治療薬が開発されて、助かる命が増えるという可能性もある。一方で、感染拡大が遅くなることで、ウイルスが変異株に置き換えられて、より重症率が高くなる可能性もあれば、その逆の可能性もある。

事態を改善させる根本的な方法は、ワクチン接種率をできる限り引き上げることである。ここで紹介した3つのシミュレーションで共通のメッセージは、65歳以上の高齢者と同じように、どの年齢層でもワクチン接種率が90%まで高まれば、医療提供体制の逼迫も緊急事態宣言の発出の可能性も小さく、私たちはほぼコロナ以前の日常を取り戻すことができるというものだ。

新たな変異ウイルスの出現、新薬の開発などの不確実性はあるが、当面は医療提供体制を充実することと、ワクチン接種率を引き上げることが最も優先すべき政策ではないだろうか。

大竹 文雄 大阪大学感染症総合教育研究拠点特任教授

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おおたけ ふみお / Fumio Otake

1961年京都府生まれ。1983年京都大学経済学部卒業、1985年大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。同年大阪大学経済学部助手、同社会経済研究所教授などを経て、2018年より大阪大学大学院経済学研究科教授。博士(経済学)。専門は労働経済学、行動経済学。2005年日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞、2006年エコノミスト賞(『日本の不平等』日本経済新聞社)、日本経済学会・石川賞、2008年日本学士院賞受賞。著書に『経済学的思考のセンス』『競争と公平感』『競争社会の歩き方』(いずれも中公新書)など。

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