結局のところ、「健康の最終結論」は3つしかない 「我慢せず美と健康を手に入れる」のは無間地獄

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私はこれまでずっと、何を目指し、何を恐れてきたのだろう。

ただ充実した人生を送りたいと願い、そのためにせっせとお金を稼ぎ、使ってきた。そうでなければ負けるんだと思ってきた。でもそれは本当に自分が望んだ人生だったんだろうか。

今つくづく思うのは、私がこだわってきた欲望は、案外とても狭いものだったんじゃないかということだ。ご馳走を食べることが幸せだと思っていたけれど、毎日の質素な食事の中にも幸せがある。タクシーで楽にどこまでも移動することがリッチだと思っていたけれど、歩いて行ける範囲の中に素晴らしいものをたくさん開拓することもリッチである。

世の中は「お金」を使わせるようにできている

そうなのだ。私はあまりにも「世の中」に振り回されすぎていた。誰が悪いわけじゃないけれど、世の中はお金を使えば幸せになれるという広告であふれすぎている。それは往々にして、ラクにイージーにわかりやすい快楽を感じられるものに偏っている。何しろそれが一番効率的に人の欲を刺激できるからだ。つまりはお金儲けの元になるからだ。

要するに、お金を使えば、体も頭も動かず、手っ取り早く欲が満たされますよと誘っているのだ。で、そういうもののほとんどは、残念ながら不健康なものに偏りがちなのである。

で、この世の中ってものは実によくできておりまして、そのような誘導に誘われるがままに行動し、結果不健康になったとしても、ちゃんと解決策が用意されているのだ。大丈夫、手っ取り早く、体も頭も動かさず、ラクに健康になれる方法がありますよと、これまた多くの広告が誘ってくる。

もちろん、このよくできたサイクルの中で一生を過ごすこともできる。思う存分ご馳走を食べ、多くのことは便利な機械に任せて、でもそれだと太ったり健康を害したりするので、スポーツクラブに通ったりパーソナルトレーナーをつけたりして運動に励み、サプリを飲みマッサージやエステに通う。

それはかつての私である。思えばかなりのお金を使い、そして決して健康になることはなく、ゆえにさらなるお金を投じることになった。精一杯頑張っているのに、私はどこにも到達できなかった。

そしてじわじわと体を痛めていた。日本経済にはかなり貢献したと思うけれど、どう考えてもあまりにも非効率である。ナゾである。個人的には、あの時に戻りたいとは決して思わない。

人生は広く、自由である。お金を経由しないと何もできないというのは、狭く、場合によっては危険な思い込みだとつくづく思う今日この頃である。

稲垣 えみ子 フリーランサー

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いながき えみこ / Emiko Inagaki

1965年生まれ。一橋大を卒業後、朝日新聞社に入社し、大阪社会部、週刊朝日編集部などを経て論説委員、編集委員をつとめる。東日本大震災を機に始めた超節電生活などを綴ったアフロヘアーの写真入りコラムが注目を集め、「報道ステーション」「情熱大陸」などのテレビ番組に出演するが、2016年に50歳で退社。以後は築50年のワンルームマンションで、夫なし・冷蔵庫なし・定職なしの「楽しく閉じていく人生」を追求中。著書に『魂の退社』『人生はどこでもドア』(以上、東洋経済新報社)「もうレシピ本はいらない」(マガジンハウス)など。

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