新型コロナ危機で日本に決定的に欠けていた視点 危機管理には「国家戦略」と「ドクトリン」が必須

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その国家としての危機管理活動には、「ドクトリン(教義)」が必要だ。ドクトリンとは、標準化された原理原則に関する知識体系を意味する。要するに、「物の考え方」のことだ。「ドクトリン」は、軍事分野においては軍事組織の基本的な運用思想として当たり前のように存在する概念だが、感染症危機管理の文脈でそれを耳にすることはない。

そもそも、危機管理には、ソフト(問題解決の思想・方法論)と、それらを現実社会で実装するハード(法的・人的・財政的制度)の2つの理論的側面が存在する。危機管理に従事する者は、その両者に精通していなければならないが、ドクトリンは、そのソフト面に関する知識体系を指していると言える。

このような点を踏まえれば、感染症危機管理の国家戦略とは、感染症の脅威から国家国民を守護するという目的を達成するためのドクトリンをまとめた理論体系を意味する。したがって、感染症危機管理に従事する者は、感染症危機管理のドクトリンに習熟することで初めて、国家として一体的な感染症危機管理活動を展開することが可能となる。

感染症危機管理のドクトリンの内容とは何か

感染症危機管理とは、地球上全体に広がる戦域の情勢と自国への波及をつねに見極めつつ(国際的能力)、病原体の性状と動態を把握したうえで、現時点において利用可能な武器で対抗しつつ、ワクチンや治療薬といった新兵器の研究開発を同時に行いながら(科学的知識)、危機管理組織の機動を操縦し(統治機構の知識・法律知識)、統率のとれた事態対処行動を行う(軍事的思考)ことで、国家に対する被害の極小化を図る営みである。

したがって、感染症危機管理のドクトリンは、その営みに必要となる科学的知識・法律知識・国際的能力・統治機構の知識・軍事的思考の5要素に必然的に関連するし、感染症危機管理を行う組織の中で責任ある立場を占める者(指揮官や主要な参謀)は、この5要素を最低限の素養として身に付けている必要がある。

具体的に見ていこう。

科学的知識は、敵である病原体の能力を把握し、適切な事態対処行動を選択するために必須である。病原体の動態に関する医学・公衆衛生学的特質を把握し、医療措置・公衆衛生措置・渡航措置を適切に実行し、病原体の特質に合致した危機管理医薬品(ワクチン・治療薬・診断薬)の研究開発を促進するために、医学および公衆衛生学的知識が求められる。

法律知識は、危機時の事態対処行動への法的制約を理解するために必須である。わが国は法治国家である。したがって、感染症危機管理における平時の事態準備行動(プリペアドネス)および危機時の事態対処行動(レスポンス)は、つねに法的根拠を基に実行される。感染症危機管理に関する国際法および国内法というゲームのルールに関して理解の浅い指揮官や参謀は、そもそもスタートラインにすら立てていないと言えよう。

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