新型コロナ危機で日本に決定的に欠けていた視点 危機管理には「国家戦略」と「ドクトリン」が必須

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この三階層の区別を意識することによって、指揮官は、個別の作戦の策定と同期、資源の分配、適切な部隊にタスクを課すことが可能になる。これら三階層の境界を客観的な指標によって明確に区別することは難しいが、あえて行うとすれば、時間×空間×力の総和によって区別されている。その総和が大きくなれば戦略領域、小さくなれば戦術領域に位置し、その中間が作戦領域である。

感染症危機管理では、戦略レベルには日本政府、作戦レベルには都道府県・市町村、戦術レベルには個別の前線機関が相当するだろう。戦術レベルの具体的な主体としては、医療措置では医療機関と保健所、公衆衛生措置は保健所を中心としつつも社会のあらゆる組織と国民1人ひとり、渡航措置では検疫所を中心としつつも税関や出入国在留管理局(いわゆるCIQ(Custom, Immigration, Quarantine)機関)も関与する。

「感染症危機管理の三階層」の区別を認識することは、国家的規模の事態対処行動が必要な危機時において、政府が全国の自治体および前線機関を一元的に統制する(集権的統制)ことで国家としての一体的な事態対処行動を構築すると同時に、その政府の統制の範囲内で自治体と前線機関が一定の自由裁量を持って任務を達成する(分散型実行)ために役立つのである。

ドクトリンの不在を越えて

上記のような内容は、国家的な危機管理活動としての感染症危機管理に関する「物の考え方」、すなわち「ドクトリン」のほんの一端である。そのほかにも、事態対処行動を行うための参謀組織たる「インシデント・コマンド・システム」の構築方法、中央指揮所たる「危機管理センター(EOC)」のあり方、指揮官・参謀・副官の役割の違いなど、その地平は広大だ。

これまで、感染症危機管理について包括的に論じ、理論化した書物は、世界的に存在しなかった。したがって、その曼荼羅図を認識する機会を得ないまま、各国政府は手探りで奮闘してきたのである。曼荼羅図を認識しないままでは、事態対処行動は部分最適に終始したり、自転車操業となったりがちである。

感染症の国家戦略 日本の安全保障と危機管理』は、感染症危機管理という理論について体系的に記した、世界で初めての試みである。COVID-19パンデミックの脅威とその混乱に接し、今こそ、感染症危機管理に関する国家戦略の構築が必要だ。それによって、わが国の感染症危機管理能力が更なる高みに上り、わが国が一流の危機管理国家となることを望んでやまない。

阿部 圭史 政策研究大学院大学 政策研究院 シニア・フェロー

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あべけいし / Keishi Abe

政策研究大学院大学 政策研究院 シニア・フェロー、医師。専門は国際政治・安全保障・危機管理・医療・公衆衛生。国立国際医療研究センターを経て、厚生労働省入省。ワクチン政策等の内政、国際機関や諸外国との外交、国際的に脅威となる感染症に対する危機管理に従事。また、WHO(世界保健機関)健康危機管理官として感染症危機管理政策、大量破壊兵器に対する公衆衛生危機管理政策、脆弱国家における人道危機対応に従事。著書に『感染症の国家戦略 日本の安全保障と危機管理』、『コロナ民間臨調報告書』(共著)。北海道大学医学部卒業。ジョージタウン大学外交大学院修士課程(国際政治・安全保障専攻)修了。

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