毒殺説もある偉人「孝明天皇」が幕末に残した衝撃 「徳川慶喜」最大の庇護者、謎多き最期と存在感

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慶喜が一国のリーダーとして開国に踏み切ったのは、対外的にも大きなインパクトを与えた。慶喜と謁見したイギリスのパークスは、自国の外務省にこんな報告をしている。

「私は将軍がどのような地位を占めることになろうと、可能なかぎり彼を支援したいと思っている」

もし、孝明天皇が倒幕派によって暗殺されたのだとしたならば、少なくとも、この時点では大きな誤算が生じたことになる。岩倉は覚醒した慶喜について、警戒心をあらわにして、こう言っている。

「いまの将軍慶喜を見ると、果敢、決断、大志、どの点をとっても軽視できない」

しかし、つくづく歴史はわからないものだ。「家康の再生」とまで評された慶喜の本領発揮こそが、薩摩藩の大久保利通や西郷隆盛を目覚めさせ、岩倉具視を奮い立たせる。謎に満ちた孝明天皇の死が、先が読めない幕末を、ますます混沌とさせることとなった。

「心の雲の晴るるをぞ待つ」

孝明天皇の治世は21年にわたったが、その間で実に7回も改元が行われている(弘化・嘉永・安政・万延・文久・元治・慶応)。それだけ変化の激しい時代に、孝明天皇は朝廷のトップとして、内憂外患の真っただ中につねに身を置いたといってよい。

江戸時代最後の元号となった「慶応」。その元年に、孝明天皇はこんな歌を残している。

「人しらず我が身一に思ひ尽くす 心の雲の晴るるをぞ待つ」

幕末のキーマンとして、波乱万丈の人生を送った孝明天皇。35年の生涯を思い返しても、心の雲が晴れることは一時もなかっただろう。

だがその深い苦悩があったからこそ、急速な開国へのブレーキ役として、孝明天皇はその人生を閉じるまで、大きな存在感を発揮したのである。

【参考文献】
宮内省先帝御事蹟取調掛編『孝明天皇紀』(平安神宮)
日本史籍協会編『一条忠香日記抄』(東京大学出版会)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝 全4巻』(東洋文庫)
福地重孝『孝明天皇』(秋田書店)
家近良樹『幕末・維新の新視点 孝明天皇と「一会桑」』 (文春新書)
藤田覚『幕末の天皇』 (講談社学術文庫)
家近良樹『幕末の朝廷―若き孝明帝と鷹司関白』 (中央公論新社)
家近良樹『幕末維新の個性①徳川慶喜』(吉川弘文館)
松浦玲『徳川慶喜 将軍家の明治維新 増補版』(中公新書)
野口武彦『慶喜のカリスマ』(講談社)
中村彰彦『幕末維新史の定説を斬る』 (講談社文庫)
大久保利謙『岩倉具視』 (中公新書)
佐々木克『岩倉具視』(吉川弘文館)

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