夏休み明けに「不登校」娘の選択を認めた母の葛藤 「中学行かない宣言」にも「わかった」と一言
「中学行かない宣言」をしてからは、娘は学校のプレッシャーから解放されたようで、穏やかに家ですごすことが多くなりました。だんだんと本人にエネルギーが溜まってきたのか、その後は無事に体調も回復して、外に1人で出かけたりカウンセラーさんのすすめでフリースクールに顔を出したりすることもありました。中学卒業後は、通信制高校に進学して、そのまま通いきりました。
周囲のサポートと言葉のおかげ
――お母さんも含めて開き直れたことが、転機だったかもしれませんね。
そうですね。私が開き直れたのは、まわりの人のサポートのおかげでもあります。心理学の知識がある知人が「大丈夫だよ」と声をかけ続けてくれたことやアドバイスをくれたこと。スクールカウンセラーさんや病院の先生が私の不安や悩みを聞いてくれたことも大きかったです。まわりの支えがなければ、もっとヒステリックになって娘に当たっていたかもしれないし、「学校へ行きなさい」と言っていたかもしれません。
あるカウンセラーの先生が「ここに来ている子たちは、100点取ろうと思ってがんばっている子たちなんですよ。だけど、50点でもいいじゃないですか」と私に言ったことが今も心に残っています。なぜなら、私自身がそれまでは100点を取らなきゃとか100点を目指していくのがふつうだと思っていたタイプだったからです。自分に対してはもちろん、もしかしたら娘に対しても100点を求めていた部分があったかもしれません。だからこそ、ハッとさせられましたし、先生の言葉が心にストンと落ちてきました。
まわりの人の言葉だったり、娘の気持ちを理解することだったりを通して、私自身の価値観が変わったのだと思います。だからこそ、開き直れたのだろうなと思いますね。
まっすぐじゃなくても寄り道してもいいし、人生を歩むのはどんな方法でもいいじゃないかと今は思っています。みんなのあたりまえや100点じゃなくて、もっと幅もあっていいし、いろんなかたちがあっていいじゃないと。こうあるべきとかこうするべきが、私のなかでよい意味でゆるくなったというか、そんなものなくてもいいんだなと思うようになりました。この価値観は、娘の不登校を経験するまでは私のなかにはなかったものですし、不登校を経験しないと持てないものだったのかなと思います。
――ありがとうございました。
(聞き手・遠藤ゆか)
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