日本の対外情報発信の不足と経済論議の混迷 グローバルな視点と言語で発信することの意義

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日本が変化するスタンダードに適応し、さらにスタンダードを創る国際的な議論の場で影響力を発揮することはできるだろうか。それには対外情報発信という次元以前に、日本は深刻な問題を抱えている。具体的には、国際的な議論のサークルに入る人材の問題であり、その背後にある日本の労働慣行、組織慣行の問題である。

金融規制の骨格は各国の中央銀行・金融規制当局の代表が参加するバーゼル銀行監督委員会で決定されるが、この委員会の通史を執筆したロンドン・スクール・オブ・エコノミス名誉教授のチャールズ・グッドハートは、この通史の中で、「多くの国で『常連』の出席者がいる。(中略)

そうした中、『常連』がいないという点で日本は目立って例外的である。これは、比較的短期間で定期的に担当を交代することが適切であるとの日本銀行と大蔵省の慣行によるものであり、(中略)この短期間の異動は日本人代表者たちがバーゼル委員会の作業に提供できる貢献度合いを制限している」(秀島弘高の近著『バーゼル委員会の舞台裏』より引用)と述べている。

この見解は、バーゼル委員会のみならず、日本の公的機関の国際機関への関与の仕方にある程度共通しているというのが私の印象である。

「常連」という言葉が示すように、国際的な議論の場での影響力の行使という点で人材の要素は非常に大きい。有力な国際機関や委員会の議長や事務局長ポストに就任するためには、国内の当該組織で高いポジションに就いていることやクラブ的な専門家のサークルの中で認知されることが条件となるが、日本における任命や雇用の慣行、特に公的機関のジョブローテーションやジェネラリスト志向、国会対応を優先しなければならない等の事情は、国際的な専門組織における影響力引き上げとの親和性が低い。

グローバルな変化を真に感知するためには、組織や部署のトップが国際的な議論に常に晒されていることが不可欠であるが、現状では容易ではない。日本の対外情報発信が圧倒的に不足している点も、社会や組織がグローバル化している現実に適合していないことに根源的な原因があるように思える。

真のグローバル化に対応するために

社会科学に比べて自然科学の分野は、グローバル化がはるかに進んでいるように見える。またスポーツの世界では、若い日本人選手の活躍が目覚ましい。

『Tumultuous Times: Central Banking in an Era of Crisis』(書影をクリックすると、Yale University Pressのサイトにジャンプします)

その一方で、日本の対外情報発信力の弱さという問題はマクロ経済学やマクロ経済政策以外の社会科学や政策分野でも起きているのではないかという懸念を抱いている。これはシステム全体に関わることなので、現状を改善する即効薬があるわけではないが、まずは、政治家、政策当局、学界、マスコミ関係者が対外情報発信や専門的知識の重要性を認識することが出発点になるのではないだろうか。

そして、現在はさまざまな媒体により国内、海外問わず容易に情報を発信できる世界になっている。その意味では、まずは現役やOBの政策当局者はもとより、エコノミストや経済学者がグローバルな視点で、英語によるファクトの説明、さらには意見の表明を行う努力を強化することが、現実的な第一歩となるように思う。

白川 方明 元日本銀行総裁

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しらかわ まさあき / Masaaki Shirakawa

1949年福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業。経済学修士(シカゴ大学)。第30代日本銀行総裁(2008~2013年)。2018年9月より現職。著書に『現代の金融政策――理論と実際』(日本経済新聞出版社、2008年)、『バブルと金融政策――日本の経験と教訓』(共編著、日本経済新聞社、2001年)がある。

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