NHK記者にとってなぜ選挙取材、中でも当確判定が重視されるのか。佐戸記者のことを知った民放の社会部長経験者が、こんな話を聞かせてくれた。
「国政選挙になると、自民党本部の幹部を訪ねるNHK関係者の姿を見かけます。関係を深める狙いで、最新情勢を耳打ちしているのです。民放もやりますよ」
選挙は水物。天下分け目の大型選挙において、期日前投票の出口調査などの情報は、政党幹部にとって喉から手が出るほどに欲しいものだ。人・モノ・カネが潤沢なNHKの情報となると、なおさらである。NHKの担当者は、毎年年度末に行われる国会でのNHK予算審議を円滑に乗り切るため、政党幹部に選挙の取材情報を伝えることが半ば常態化していたといわれる。
佐戸記者の過労死公表直後、元NHK記者は彼女の死を憂い、自身のSNSにこう投稿した。
〈NHKに問いたい。時間が来れば明らかになる選挙結果のために、全国の記者を総動員するのはなぜか? (中略)記者が集めた情報について、「絶対に他言してはならない」と指示が出るものの、直後に与野党の実力者に会うと、「おたくの読みはすごいね……」などと言われる。筒抜けになっているのだ〉
佐戸記者の上司が言う「正確な当確判定」のための取材が重視される背景に、政党幹部に精度の高い情報を貢ぎたいという、NHKの国会対策担当者の思惑が透けて見える。
今回掲載した映画『未和』のなかで、炎天下、佐戸記者が選挙の街頭調査を繰り返していたとの証言がある。より多くのサンプルを採って、より正確に。希望していた社会部への異動を願い、体にムチ打って働き続けた彼女の姿が、アスファルトから上る陽炎の先に思い浮かぶ。
「1日に1回は辞めたいと思う」
佐戸記者が亡くなる1カ月前、ブラジルに赴任していた父に送ったメールを、父の守さんが読み上げるシーンがある。
〈パパへ なかなか悲惨な誕生日だったけど、何とか体調も戻ってきたよ。忙しいし、ストレスもたまるし、1日に1回は仕事を辞めたいと思うけど踏ん張りどころだね。それじゃ、またねー。 未和〉
このメールが父への最後の言葉となった。
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