芸術分野で起こりがち「極端な所得差」生む背景 ほぼ同じ能力でも差が出るスーパースター現象
この点をデータで示すのは難しいが、次のような事実が指摘できる(ローゼンの論文が公表された40年ほど前の観察例である)。
(1)アメリカには200人のフルタイムのコメディアンがいる。この数はボードビリアンの時代と比べると確実に少なくなった。かといってこうした軽喜劇への需要が減ったわけではない。むしろ、テレビなどで活躍する一部のコメディアンの収入増加は顕著である。
(2)クラシック音楽関連の市場が、現代ほど大きくなった時代はない。しかし「フルタイム」でソリストとして活動する演奏家の数はアメリカでは200人から300人程度にすぎない。声楽、ヴァイオリン、ピアノ以外となると、数はさらに少なくなる。その中の少数のスター演奏家が高い収入を得ている。
「代替性のなさ」が歪みを生む
クラシック音楽だけでなく、これらと類似の例は、プロスポーツをはじめとして多くの分野と職種で見られるが、(1)個人の報酬とその分野の市場規模の間に密接な関係があること、(2)市場規模も報酬も、ともに最も才能がある者のほうに歪む傾向が強いことがはっきり観察できる。
しかしそれ以上に、圧倒的な人気を誇るごく一部のスーパースターが放つ “box office appeal” と呼ばれる「客を呼び込める捉えにくい力」に、十分な分析の光を当てねばならない。この力こそ、ドイツの哲学者ベンヤミンが言うアウラ(Aura)として、「礼拝」の対象となりうる威力であろう。
ローゼンはこの力の性質の分析を深化させたわけではないが、その重要性を指摘したのである。分析はローゼンの専門論文に委ねるとして、そこで明らかにされた主要点のみを簡単に要約しておこう。
所得分布に現れる歪みのひとつの大きな原因は、彼らの才能が「代替性を持たない」点にある。例えばオペラ歌手たちは、相互に代替できないような固有の卓越性を持つ。
一人のスター的存在のプリマドンナ歌手がいたとして、技能や存在感において彼女にわずかに及ばない歌手を何人集めても、このプリマドンナに取って代わることはできない。それがこのプリマドンナの出演料を高め、彼女のCDやDVDが大量に売れる原因となる。
売れるから大量に複製される。ほかに優れた歌手がいても、スター歌手への不十分な代替物でしかないため、スター歌手への「プレミアム」は異常に大きくなる。これがスーパースター現象発生のひとつの重要な原因なのだ。
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