芸術分野で起こりがち「極端な所得差」生む背景 ほぼ同じ能力でも差が出るスーパースター現象

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スーパースター現象を生み出すもうひとつの要因として、ローゼンは、複製技術(再生可能性)を挙げる。

かつて複製技術に頼ることがなく、「実演」のみが演奏芸術の形であった時代には、一人の音楽家や役者がいかに優れていても、その演奏や演技を提供できる機会は限られていた。したがってスーパースター以外でも、それぞれ需要(聴き手や観客)を見つけることができた。

ところが今や、CDやDVDの登場によって音楽が大量に複製可能になり、劇場での演技や演奏は、映画やDVDで置き換えられることが多くなった。“box office appeal” のあるスター性を備えた演奏家の優れた演奏を、廉価で楽しめるようになったのである。

このような場合、最も優れたアーティストは供給の独占者となるわけであるから、自分の演奏(サービス)を低価格で多くの人に提供するのか、高い価格でごく少数の人に売るのかを選択することができる。

popularでなければgoodでない

ちなみに、このスーパースターを生み出すのは供給側の要因だけによるのではない。消費者側の要因も大きい。消費者にはほかの人々が消費するものを自分も消費したいという心理が働くからだ。

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さらに芸術の「消費」は一瞬の行為ではなく、「知れば知るほど、さらに楽しむことができる」という「資本」の形成とも呼ぶべき過程を含む。消費が同時に投資にもなっているのだ。この資本が大きければ大きいほど、それぞれの消費者が贔屓の芸術家から得る喜びは大きくなる。

芸術に接する機会が増えるにつれ、同好の友人知人とその芸術について語り合うことによって、あるいは新聞や批評誌などを読むことによって、この消費における「資本」要素は大きくなる。かくして、有名な演奏家の演奏はますます人気を呼ぶようになる。

実は、この勢いは恐ろしいほどの力でもって音楽産業を席巻し、スーパースターを生み出す一方、力ある他の多くの地味な芸術家を表舞台から追いやってしまうことがある。つまり、「popularでなければ goodでない」という人気第一主義が芸術の世界を支配することになるのだ。

猪木 武徳 経済学者

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いのきたけのり / Takenori Inoki

1945年、滋賀県生まれ。経済学者。大阪大学名誉教授。元日本経済学会会長。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学大学院修了。大阪大学経済学部教授、国際日本文化研究センター所長、青山学院大学特任教授等を歴任。主な著書に、『経済思想』(サントリー学芸賞)、『自由と秩序』(読売・吉野作造賞)、『戦後世界経済史』、『経済学に何ができるか』、『自由の思想史』、『社会思想としてのクラシック音楽』など。

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