競争と公平感 市場経済の本当のメリット 大竹文雄著 ~思考の振り子を戻す時宜を得た啓蒙書
評者 高橋伸彰 立命館大学教授
著者が論壇で注目を浴びるようになったのは、小泉内閣時代の格差論争が嚆矢である。規制緩和を進め、市場競争を優先する小泉改革を格差拡大の元凶とする議論に対し、著者は10年近くに及ぶ計量分析の成果を取りまとめた著書(『日本の不平等』)で、マクロ統計(ジニ係数)に見られる格差拡大の主因は高齢化や世帯構造の変化にあり、格差は統計上の「見せかけ」にすぎないと喝破した。
著者は別の機会(『日本の「格差」の現状をどう考えるか』朝日総研リポート)でも、「規制改革でタクシーの運転手の賃金が下がった」という議論に対し、「賃金が減っているのは不況の影響のほうが大きい」と反論したうえで、タクシーのサービス向上や運転手が増えた分だけ失業者が減ったことを考えれば、規制緩和は「メリットの方が大きい」と述べている。
こうした一連の発言を見る限り、著者は小泉改革を支持する小さな政府論者に見えるが、そうではない。実際、小泉改革時代の2005年に公刊された本書の前著(『経済学的思考のセンス』)では、「危険回避的な日本人にとって、少々政府が大きくなっても……セーフティネットを充実させたほうが、小さな政府のもとで失業不安におびえるより幸せなはず」だと述べ、再分配政策に賛成している。つまり、著者は無駄を切るだけで仕事をしない小さな政府のススメを説くのではなく、誰が本当に困っているのかを見極めずに、困っている人をすべて救済しようとする「大きな政府」に反対しているのだ。
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