強制着陸で逮捕されたベラルーシ活動家の「命運」 ロシア人交際相手と休暇を楽しんだ後捕まった

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2019年11月、反体制派のジャーナリスト仲間ウラジーミル・チュデンツォフがポーランドに出国しようとしてベラルーシ警察に拘束される事件が起こった。薬物絡みの容疑だったが、容疑はでっち上げられたものだったと批判されている。

身に危険が迫っていることを察知したプロタセビッチは国外逃亡を決断。母ナタリアの話によると、急遽バックパック1つで再びポーランドに向かったという。ベラルーシの西に隣接するポーランドには、ルカシェンコの圧政から逃れてきた亡命者が多数居住している。

昨夏には、プロタセビッチの両親も逮捕を避けるためポーランドに逃れた。近隣住民が治安当局から圧力をかけられ、プロタセビッチの両親に息子の帰国を促すよう話をしてきたことがきっかけだった。ベラルーシに戻れば息子が拘束されるのは間違いなかった。

反政府デモの組織にもかかわるように

プロタセビッチはワルシャワに留まり、ネクスタでプツィラと並ぶ反体制派のキーパーソンとして定期的にテレグラムに記事を投稿していた。プツィラは自らの活動を「アクティビスト・ジャーナリズム(行動主義のジャーナリズム)」と呼ぶが、ベラルーシ国内では政権に追従しない媒体をルカシェンコが徹底的に取り締まっているため、伝統的なジャーナリズムが存在できる余地はない、とも付け加えた。

ワルシャワ中心部、ポーランド国会議事堂近くのアパートを拠点に活動していたプロタセビッチは、物議を醸した昨年8月の大統領選以降、伝統的なジャーナリズムからさらに距離を置き、テレグラム上で運営するネクスタを使って反政府デモの組織に積極的にかかわるようになっていた。

その活動は抗議運動の報道を超えて、政治活動の領域に踏み込むものだった。プロタセビッチは抗議運動の計画も行っていた。「私たちはジャーナリストだが、ほかにもやらなければならないことがある」とプロタセビッチは昨年のインタビューに語っている。「ほかにはもう誰も残っていない。反体制派の指導者はみな投獄されてしまった」。プツィラによれば、プロタセビッチが呼びかけたのは平和的な抗議活動だけで、暴力をあおったことは一度もない。

若い反体制派を逮捕するためだけにルカシェンコが民間機を強制着陸させたことにプツィラはあぜんとしたと話すが、振り返ってみればさして驚くべき行動ではなかったとも言う。あの独裁者は「ベラルーシ国内だろうが、どこにいようが、こっちはお前を捕まえられるのだぞ」ということを見せつけようとした、「彼は常に恐怖をあおろうとしてきた」というわけだ。

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